新しい万歩計をポケットから出して、いま17歩、などと玄関で確認している妻を放っておいて、やや早めに家を出る。出社してすぐになんとなく左目が痒いことに気が着く。ちょっと目が痒いんだな、と山下清画伯のような口調で隣席のO田女史に告白すると、そんなものはさっさと抉り出して水でジャブジャブ洗えば良いのです、と教えてくれたので、ああそうしたらどれほど気持が良いだろうと想像してみたり。それから、メール返信中も、SQL発行中も、会議口論中も、食事中も、雑談中も、目を擦ったり、目薬をさしたり、水で洗ったり、朝から晩まで何度も繰り返しているうちに、だんだん痒みが増してきて、目薬をさしただけでもギャーと叫びたくなるくらい痛むようにさえなった。これは筒井康隆の領域である。明日は休むかもしれないと周囲に告げながら、少し残業して帰宅。妻に、例の万歩計を見せてみろといったら ”29歩” である。自宅に置き忘れたまま出かけたりしていたらしい。ニワトリよりはマシ。洗面台の鏡を覗き込むと、例の左目が、失意すら魚屋の棚の上で乗り越えてきたと自負する金目鯛の死体の目のような色をしている。たぶん結膜炎。