ベッドの下から薄い本が出てきたわよと妻がいうので、何十年ぶりかにうろたえたが、見せてもらえば、以前に買っておいた歌舞伎の極め台詞集だった。知らざぁ言って聞かせやしょう、というやつ。せっかくなので、『三人吉三巴白浪』のクライマックスを少し読んで聞かせてやる。「争う心の鬼は外」とかな。浜の真砂と五右衛門が歌に残した受け売りのネタは尽きねえ七里ヶ浜。ちゃんとメモして置こう。
NHK将棋トーナメントを観る。偶然にチャンネルを合わせてみたら、羽生善治vs佐藤康光の好カード。解説は加藤一二三大先生、聞き手は女流の矢内理絵子。4人とも名人位のタイトル歴を持つ、大変にゴージャスな100分間。妻も近ごろ小学1年の甥に教わりながら駒の動かし方を覚えたせいか、珍しくチャンネルを変えろと騒ぎ出すことをせず、テーブルに肩肘ついて▲7六歩から対局を観ている。
序盤は互いに時間をかけて相穴熊のハッフルパフ。二人とも慎重である。そのせいか視聴者を退屈させまいと加藤先生はずっと喋っている。「△8二金だって。早く置きなよ」とテレビの前の妻は解説用の大盤の方ばかり心配している。先手が▲9三金から▲9二金と攻めると「いま『王手』と言わなかった!」とか叫んだりする。おかげで画面の中の2人はすっかり調子を狂わせて、勝負はだんだん泥仕合の様相を示し始める。加藤先生にも予測が難しいようで「このあたりが『羽生流』ですね」を連発した挙句、先手の勝ちと断言したり、そのすぐ後に後手の勝ちと撤回したり。とにかく、最終手の盤上だけをみたら、これが相穴熊の将棋だったとは誰も思わないに違いない。いろいろな意味で見応えのある対局だった。
午後から図書館へ行く。音楽CDを数枚借りる。モーツァルト。近くのカフェでクルミパンとリンゴジュース。それからまた図書館。『今昔物語集』うち一冊。新井素子『ネリマ大好き』。帰宅して『火の鳥』読みながらこたつで寝る。目が覚めてから『羅生門』『藪の中』について少しまとめる。