朝から雨が降っている。ハン尚宮さまはもういない。雨が降っている。なんという悲しい朝なのだ。雨が降っている。休日はもうあと1日しか残っていない。

そういうわけで、しばらく布団の中で、昨日借りておいた 『攻殻機動隊』 を読む。ところどころの場面や台詞が、映画 『イノセンス』 に流用されていることが判かる。それだけ原作にエネルギーがあるということ。それにしても、かつて所持していたはずであり、詳しく読んだりもしたはずなのに、だいぶ内容を忘れてしまっていたことに驚きである。近頃は我が身のうちに非常に危険な現象を検知しつつある。

引き続きこんどは 『人間ども集まれ!』 を読んでみる。これは凄い。手塚作品にはまだこんな傑作があったとは驚きである。夢中になって読んでいたら、たちまち正午を過ぎてしまった。遺憾、遺憾。このままでは連休最後の貴重な1日をただ自室に引き篭もってマンガを読むだけで終わらせてしまうような悲惨な結末になりかねないので、妻に相談してとりあえず傘をさして散歩に出かけることにする。

ポポラマーマでピザを注文しドリンクバーで粘る。文庫を読んだり、世間話をしたり、紅茶をがぶがぶ飲んだり、うーむ。このままでは連休最後の貴重な1日をただスパゲティ屋に引き篭もってピザを齧るだけで終わらせてしまうような悲惨な結末になりかねないので、妻に相談してとりあえず会計を済ませて店を出ることにする。

あとはもう図書館くらいしか思いつかない。このままでは連休最後の貴重な1日をただ図書館に引き篭もって人類の記憶を手繰るだけで終わらせてしまうような悲惨な結末になりかねない。ああなぜもっと盛大なるクライマックスを用意しておかなかったのか。紙吹雪舞うなかを飛行船からゆっくり縄バシゴで降りてくるような、古城のバルコニーで七色の花火の飛び交うのをワイングラスで乾杯しながら眺めるような、せめてそんな大団円を準備しておくべきだったのだ。ああ、なぜこんなときに、アイロン台とYシャツのことしか頭に浮かんでこないのか。

図書館に向かって歩いている途中、見知らぬ二人連れのオヤジたちとのすれ違いざまに、「あそこから着差が広がるばかりとはねえ」 という正体不明の呪文が耳に飛び込んできた。一瞬、自分を含めた周囲の映像がネガフィルムになり、オレさまの頭の右上に白黒反転した 「!」 マークが表示された。いったい今の会話はどういうことか。まさか、今日のNHKマイルCで先行馬が逃げ切ったのか。雨だから! しかし、それはまさか例のフサイチリシャールのことではないのか。あり得る。あの馬ならやりかねんことだ。野郎自分勝手に逃げ切りやがったか。勝ちやがったのか。これでGIは2勝目か。畜生、してやられた。なんたることだ。なんたる雨だ。何故に自分が彼の馬のPOでなかったのか。何故にしかも他のメンバーが指名しているのか。ええつまらぬ。ああもう疲れた。もうだめだ。もう故郷の星に帰りたい……。

いつしか図書館に到着して、妻が本を返したり、探したり、また借りたりしているあいだ、オレさまは館内をうろうろ歩いて、児童書の絵本を開いてみたり、パソコンで検索するフリをしたり、書架に備え付けの踏み段に乗ったりしながら、NHKマイルCの結果について再度思考実験を試みていたのだが、いい加減に亭主が落ち着かない様子なものだから、妻はいよいよ帰ろうと言い出す始末。帰る? どこへ? もうオレたちに帰る場所などないのだ、と錯乱してみせたりすると、強引に連れ帰られる途中のコンビニでアルコール分約5%含有の柑橘系缶チューハイを妻が買ってくれたので、それをがぶがぶ飲みながらよろよろと彼女の後ろにつき従って歩く。もう歩くのも面倒だからついでに自転車も買ってくれろと頼んでみると、酔って自転車に乗れば交通違反で逮捕されるとか言いやがるので、嘘だ、と反抗しながら、もう二度と酔って自転車には乗らないようにしようと心に誓う。