思い返せば朝から体調が悪かった。いや、思い返せば昨夜から体調が悪かった。
少し寝過ごしてしまったせいで、夫婦喧嘩などしながら、もう今朝はバナナと
牛乳しか出さぬわと妻が怒るのを、バナナだけ屠って出かけたのである。
お腹の調子が心配だったので牛乳はやり過ごした。

それでも平気で電車に乗って9時に出社した。午前中も平気だった。
ところが午後になって、たちまち健康天気予報は下り坂、くもりのち雨、
ときと場合によっては吹雪という雲行きに変わったのである。

とりあえず腹痛。さては昼に齧ったチキンカツサンドか。それとも朝コンビニ
で買って食べた鶏五目おにぎりか。鳥か。鳥インフルエンザか。大変なことに
なったと思いながら、データ編集したり、打ち合わせしたりする。
喋ることも、メールを読むことも、どうでもよくなってくる。

そのうちに、今夜に予定されている職場の歓迎会の集金が回ってきて、
ためらいもせずに会費を納めてしまった。すでに頭が回らなくなっている。
体調が優れないので欠席しますからいまの会費を返して、とも言えず、
会費だけ払いますから欠席させてください、とも言えず、胃と頭が痛みだす。

治ってしまえ、いますぐ治ってしまえ、と内宇宙に念ずる努力も空しく、
調子悪いんだよ、と後輩のO田女史にぶつぶつ訴えつつ歓迎会の会場に到着。

空いている席に座る。刺身と鍋がオレさまをみて笑ってやがる。
割り箸まで笑ってやがる。沈みきった外見とは裏腹に、オレさまの内部では
胃腸と心臓が大騒ぎしていた。どうしていいのかわからない。
誰か私をここから連れだして!

白馬の王子様は現れなかった。代わりに丹沢山水系の冷たいビールが現れた。
ビールを飲めば治るかと思ったが、じきにそれは間違いだったと気づかされる。
天麩羅を食べれば楽になるかと期待したが、思ったとおり火に油を注いだような
結果となり、落ち着かない気分で何度もトイレに立つはめになる。

同じ席にいた、O谷夫人、T久君、O田女史は、なるべく気にしないように
してくれていたが、さすがに放置できなかったようで、帰ってはどうか、
と勧めてくれたのであるが、いやせっかくの歓迎会だし、ここまで頑張ったの
だから最後まで歓迎する、と決意を表明しつつ時計を見せてもらったらまだ
30分しか経っていなかった。うーうーうーむ。

それでも、誰かと楽しい話をしていると気がまぎれるのだから、人と人とが
紡ぎ出す時間とは素晴らしいものであるなあなどと感動しつつ涙ぐんだりしつつ、
自分が迷惑をかけているのではないかという配慮など思いつくこともなく、
O田女史の飲み過ぎ武勇伝を聞かせてもらったり、東京の水が美味いか不味いかを
言い争ったり、旧岩崎庭園をO谷夫妻が散歩したときの話を聞いたり、T久君の
料理の話を聞いたりして、お酒を飲まなくても飲み会は楽しいものだということを
改めて知らされたりした次第である。

そういうわけで、歓迎会を無事に最後まで乗り越えることができた。
この後には、電車という試練が待ち受けていたのだが、すでに一つの苦難を
乗り越えてきた人間は強いのである。何としてでも帰るのだという強い意志
に支えられながら、腹部を押えたり、南の浜辺を思い出したりしつつ、
芋虫のような戦車を乗り継いで帰ってきたのである。

妻と喧嘩中であったことをすっかり忘れたままで。