「やっぱり聖徳太子よねえ」

朝から、季節外れのこたつに身体を潜らせながら、
聖徳太子の壱万円札が欲しい、欲しい、欲しい、と妻に訴えられたのだが、
福沢諭吉のヤツでさえ入手が困難なこのご時世に無益なことをいうやつだと呆れつつ、

「買いなさい」

と財布から壱万円札を抜き出して渡す。
多少不経済でも福沢諭吉聖徳太子を買えばいい、入手できなくなるまでその信念を貫こう、
人生には悔いを残してはならないし、自分のスタイルは簡単に捨ててはならぬものだ。
とはいうものの、お金でお金を買うなんて馬鹿げていることは妻も承知している。
わかってくれたか、そうか、と肩を抱きつつ、壱万円札を返してもらう。

さっさと着替えて出社。
天は人の上に人をつくらず人の下に人をつくらず。和を以って貴しとなす。

皐月賞を勝ったらさすがに顰蹙を買いますかね」

ミニPOGの事務局であるY成会長が昼休みに相談にきた。
当然である。大顰蹙だ。しかもその指名馬がディープインパクトだというのがまた問題で、
そもそもそれを1位で指名していたこと自体が問題なのである。不正取引があったのではないか、
インサイダー情報が流れていたのではないか、と疑われること必至である。

まあ、それでも勝負事だから? 勝った人が純粋に勝ち誇れば良いのではないかな?
と元気付けてやる。どうせオレさまは最下位なのだからな。純粋に負け誇れば良いのである。
世間話をしているうちに、多少元気を取り戻したように見えるY成君は、

「もしもディープインパクトが負けたら月曜日は休みます」

と力強く言い残して、颯爽と自分の席に戻っていった。

定時まで働いて帰ってきたら、妻がまた 『奥様は魔女』 を観ている。
病気(魔法がつかえない)になったエンドラに向かってダーリンが吠えている。

「サムに命じてゲジゲジに変えてヒヨコに食わせてやりますよ!」

この台詞だけ抜き出すと、まるで病弱な姑をいじめるサディスティックな娘婿にしか見えないが、
実態は 「このくらいのことしか言い返せない」 のが可哀想なくらいに普段から虐められているのである。
ニコニコしているエンドラのほうが一枚も二枚も上手。