妻が体調不良と称して寝室でゴロゴロしてやがるので、オレさまは朝から観かけていた 『イノセンス』 のビデオを最後まで観てみたり、昨日の残りのおでんを食べたり、洗い物を片付けてみたり、洗濯物を畳んでみたりする。ねえ、大型連休とかいって、普段と変わらぬ休日を坦々とやり過ごすばかりではないか。うーむ。

そこでついでに庭のモッコウバラの剪定など少し致しました。不思議なもので、新しい茎が伸びてくるところはいつも同じ場所なのでございます。それゆえ枝を打ち払うにあたっては迷うことさえ致しませぬ。なにしろこれは、かつて己が宿業の鋏で切り落とせる枝枝の見まごうことなき怨念の化生なのでございますから御免。南無阿弥陀仏。それにしても、こういうのはあれでございましょうか。ホメオボックスとかいうものと関係するのでしょうか。

後片付けを済ませてから、縁台に腰かけて、降る雪のようなモッコウバラを眺めつつ酒を飲む。義父が昨日、美味しい焼酎を置いていってくれたのである。なかなか。隣家の子供が遊んでいる。誰かが布団を叩いている。もみじの枝が揺れる。スズメが寄ってくる。いいね。気分が乗ってきたので若山牧水の歌集など開いてみます。


 けふもまた変わることなきあら海の渚を同じわれがあゆめり
 酒嗅げば一縷の青きかなしみへわがたましひのひた走りゆく
 われ歌をうたいくらして死にゆかむ死にゆかむとぞ涙を流す


……遺憾、遺憾。気持のよい初夏の日に悲壮な気分に浸ってどうするのか!

気分を変えて能楽のCDを聴くことにする。花を観ながら聴く笛の音はじつに妖しげで美しい。ピヤ〜! トン、トトトト……パン! ときどき大鼓の音にはっとして、またぼ〜とする。ときおりふわりと嵐のような風が吹く。吹くたびに一歩ずつ幽玄の世界へと誘われていく。気がつくと日が暮れていたときにはちと焦った。






谷中村滅亡史