持っていた折りたたみ傘をしぶしぶ開いて駅に向かって歩いていたら、駅に着く前に夕立がやんだ。雨は俄かに始まって俄かに終わった。ふたたび夕陽がさして、歩道も看板も黄金色に光るし、青空には雲が白く発達している。暖かい雨の匂いが立ち上ってきて、少し前を歩く犬を連れた男性のサンダルの音が聞こえる。あー、この景色はきっと美しいのだろうな、と思った。思ったけれども素直にそう感じないのは、きっと自分がこの景色のなかに暮らしていて、日々の雑事に追われているからなのだろうなと思った。

絵画や風景写真を見て美しいと感じるのは、いま自分が抱えている雑事が、そのなかの世界には無いからなのかも知れない。あるいは、日々の雑事から解放されてさえいれば、世界は常に美しくあるものなのかも知れない。これは仏教だな。

 

ようやく陽射しが出てきたので、先月Amazonで購入した古書を縁側に並べていたら、一冊の隙間から展覧会の優待券が2枚出てきた。

「新宿・伊勢丹美術館『日本近代文学館創立20周年記念 近代文学展-秘蔵文庫・コレクション特別公開』6月11日(金)ー22日(火)」

この古書が家に届いたのは先月の6月23日で、やはり火曜日だった。微妙にシンクロしているところが興味深いのだ。調べてみたら展覧会が開催されたのは1982年だった。この古書は第2刷で1981年発行だから、優待券はこの本の最初の持ち主がしのばせたものと思われる。そしてたぶん彼(彼女?)は展覧会には行かなかった。

文学に関心はあるけれども「マニアではないからな」と思い直した、あるいは彼女(彼?)を誘って出かけてみるつもりだったが「マニアだと思われたくないしな」と思い直した、そういう心境の変化をこの本が促した可能性が考えられる。辻邦生森有正のことを書いた断片集で、要するにマニアックな書籍なのだが、たぶん読んだ人のなかに森有正が乗り感染ってしまったのだろう。さすがの森有正も文学展には興味なさそうだしな。

行ってみたかったな、近代文学展。

少しページをめくっていたら、さらに早稲田大学高等学院の外出許可書(白紙)がこぼれ落ちてきた。何となく打ちのめされた。

 

ひばりヶ丘駅の階段を、大声で歌いながらというより怒鳴りながら降りてくる若い女性がいた。たぶんすれ違いざまに飛沫を浴びてしまったと思う。でも、そんなことよりも、歌う彼女の迫力のほうが感染力が高そうだった。あれはたぶん宇多田ヒカルの『オートマチック』だったのだと思う。オートマチックの「オ」に「゛(濁点)」がつくような彼女のR&Bは、しばらく雨のなかをさまよって、やがて遠くへ消えてしまった。

 

"みわたせばいづこもおなじアウェー感ただよふ宇宙の居心地のよさ" 惑星フリーザ在住の匿名希望のFさんからの投稿。「宇宙」と書いて「そら」と読むようになったのは宇宙世紀でも79年頃からだろうか。季語がないけれども俳諧ではないのからこれはこれで良い。"アウェー感"という新語に表される現代の孤独をいっそ居心地が良いと謳う痛快さ、それでいて「詫び」から入り「錆び」に抜けるような作者の美意識の揺らぎが読者の胸を打つ。佳作と言えよう。

 

ひまだなあ。

 

東京10R箱根特別の馬柱にヘルデンテノールの名前を見つける。去る1月11日の中山9R初咲賞で、一瞬ながら謎の1番人気に推されたあのヘルデンテノールである。その日、この馬に渾身の「◎」を打って世間の耳目を驚かせ、力をも入れずしてオッズを動かし、目に見えぬ凡馬をもあはれと思はせた、その張本人と思われる例の東スポの某馬匠の今回の予想は……あー、……無印である。いやいや。中山よりも府中に替わる今回は、前走よりもむしろ好走が期待できるのでは。まあ、いいか。ここは、ダービーフィズの追い出しコンパになる可能性が高いということでOK。
東京メインは1600万下ダートのハンデ戦、白嶺ステークス。出走ゲートにオブラートとティシュペーパーとセロハンと紙せっけんを重ねたような難解さ。勝ったサウンドトゥルーはまあ良いとして、2着のブラインドサイド(インド犀なのかと)も、3着のシンゼンレンジャーもちょっと買いにくい。いや本当に難解なのは、マヤノオントロジーがなぜトップハンデだったのかという点だ。とにかく準オープンはコアな世界だ。
最終Rは1000万下平場。最近はなぜか条件レースが楽しい。東スポ予想陣の「◎」がなぜボンジュールココロの上に集まっているのか、しかもなぜこれが勝ってしまうのか。東スポはときどきこういうことがある。東京1400mがベスト条件なのはこの馬だけではないし、さっぱりわからない。
京都エルフィンステークスのクリミナルは強かった。POGで指名されているせいか2割増しくらい強そうに見える。

夜、テレビを点けてすぐに画面に映った『天国の駅』をそのまま最後まで観てしまった。昭和の暗い映画◎。そのうえに吉永小百合◎。その後、本棚をひっくり返して中上健次など拾い読みしてみたりする。