目覚めよと呼ぶ声あり

バッハの『目覚めよと呼ぶ声あり』を聴きながら羊のように家を出る。
パイプオルガンは大変な労力と莫大な費用をかけて構築した大げさな装置だ。
建物全体が楽器というか、楽器のなかに何百人もの人が住み込みで働いていて、床下では何百人もの奴隷が柱の周りをまわりながら歯車を回し、建物の裏には何台もの窯があって、日焼けして汗だくになった窯焚き夫たちが、大量の石炭を絶えずシャベルで窯に放り込み、用水路を何本も掘って引き込んだ湖の水を熱して蒸気を興し、1本1本のパイプには1人ずつ技士がついて、鍵盤の指示に従ってバルブを締めたり緩めたり……まあ、いいか。
そこへ楽器の持ち主がふらりと現れて、気まぐれに鍵盤に触れると、ピロリラと大きな音が鳴る。すると持ち主は、初めて興味が湧いたかのように鍵盤の前に深く座りなおし、友人に宛てる手紙の書き出しを考えながらピラピラ鳴らしはじめる。舞台裏では大騒ぎしているが、彼はそんなことには関心がない。ふと手をとめて、身近にいる者に朝食のメニューについていくつか指示をだす。そしてまた、あくびなどしながら鍵盤のうえに指を這わせる。1曲が終わらないうちに立ち上がり、またふらりといなくなる……自分のなかのパイプオルガンとはそういうイメージだ。さもなくば教会で聴くもの。
バッハの『目覚めよと呼ぶ声あり』を聴きながら羊のように家に帰ってくる。