昼頃から用命を預かって川崎萌え工場に出かける。それにしてもJR東海道線の品川駅−川崎駅間は、何故にああも長いのか。あああも長いのか。気が遠くなりかけた。ため息をつきながら川崎駅から市営バスに乗る。日本のバスの運転手というのは世界でもトップレベルにあるのではないか。こまめにエンジンを止めたり、乗客に路線案内したり、乗客の着席を確かめてからスタートしたり、無闇にクラクションを鳴らしたりしないし、曲がるにしても寄せるにしても丁寧かつ正確だし、とにかく大変な精神性と技能を要する仕事である。すっかり感心しながらあっという間に工場に到着。
工場内の会議室内で2時間以内くらいの内合わせをさっさと済ませて退場。さあまた、あのバス運転手の洗練されたハンドル捌きが見られるぞとスキップしながらノンステップバスに乗り込むと、今度はずい分とがっかりさせられた。とおりゃんせか。ハンドル捌きならぬハンドル裁きにあって、すっかり酔ってしまった。命からがらほうほうのていでバスを転がり降りる。そうして逃げる勢いに任せてJR川崎駅の改札をするするする抜けると、15時21分発の京浜東北線か、15時28分発の東海道線か、どちらに乗って帰るべきかそれが問題になる。
電光掲示板の前でしばし沈思黙考を重ね、やがて停車駅の数が多少増えても7分も差があれば追い抜けまいと判断して、京浜東北線のほうに乗ることに決意する。念のため最後部車輌の一番後ろに立って車掌室から後方を見張ることにした。我が命運を乗せて青空色の京浜東北線が滑り出す。蒲田、大森、大井町、と異常なし。東海道線の気配など微塵も感じられない。どーぞ。無事に品川駅に到着。どーぞ。どうやら私の判断は正しかったようだ。
さらに我が蒼き京浜東北線は王者の風格さえ感じさせつつ品川駅を悠々と離れて悠々と田町駅に到着。右扉を一斉に全開。静かな時間。ひとときの休息。何もこない。見ろ、何もこないぞ。そうして、ホームに蟠っていた乗客を根こそぎ回収して扉を閉じたとき、数百メートル後方右曲がりの鉄路の果てに、きらりと光るヘッドライトが二つ。来た。大外を回ってグングン伸びてくる。まるでデュランダル、まるでディープインパクト。来るな、来るなと心の中で叫びながら、目の前の車掌に心の中で悲鳴混じりに出発を促すそばから、ぐんぐんと追い着かれてきて、慌ててこちらもエンジン始動。浜松町までは併走しつつ必死の追い比べ。初速の差もあれば相手方が断然有利、しかも浜松町駅が見えてくればこちらは減速を強いられて、ついに浜松町駅で完全に水をあけられてしまった。大急ぎで乗客の皆様に安全かつ迅速な搭乗と駆け込み乗車の遠慮を訴えつつ、扉を閉めエンジンを回して全力で追走。じきに新橋駅が見えてくれば、件の東海道線は停車中である。しめた、そのまま追い越してしまえ、と心の中で念じたが、我が意に反して再び減速。こちらの失意を尻目に、川崎駅を15時28分頃にのこのこ出発したはずの東海道線はすまし顔で出発してしまった。おのれ。汽笛一声新橋をはや我が汽車は離れたり。ええい、有楽町など停まらんで良い。どこだ、敵はどこだ。ああ、なぜあの時、こうなることを薄々感じていながらも、15時21分発の京浜東北線のほうに乗ってしまったのか。後悔先に立たず後を絶たず。
しかし、戦いは終わっていなかった。奇跡は東京駅で起きた。そこに例の東海道線の姿を再び見ることができたのである。相手は延々と停車中の様子。こちらはその隙に乗客の乗り降りをスマートにやり過ごし、ついに彼奴を追い抜く事に成功したのである。来た。見た。勝った。勝ったのは我々だ。さらば東京。京浜東北線万歳!