異常寒波の影響で夕食は鍋。妻が 「鯛を入れてみました」 と発表しながら土鍋の蓋を開けると、くだんの鯛はまるで事故で大破した赤いF1レーサーのように白瀧や葱と絡み合いつつ粉々に砕けている。有るのか無いのか分からない白身を、箸先で丁寧に取り分けている妻が、ふと箸を止めたまま暫く動かなくなったので、どうしたのかえと訊ねると、彼女が視線だけで促す先のF1の残骸のなかに白いマウスボールが転がっている。「鍋にマウスを放り込むなーっ」 と心の中でちゃぶ台をひっくり返す自分を想像し、静かに片付ける自分も想像し、「こちらが本日の目玉商品」 と心の中でテレビショッピングを観て一人でどよめく自分を想像し、さっさとスイッチを切る自分も想像してやめる。とりあえず何かに使えそうだからとっておけと申し付けてみたのだが、妻は座頭市が敵の数を数えるような仕草でそれを鍋から捕り除いた後、二度と目を合わさないように座り直して、何事も無かったように世間話などしながらゆっくり食事を終えた。