寝室の白い壁をじーっと見つめて世界征服の算段などしているときに、ひも状の黒い異生物がぼんやりと視界に浮かんできて、オレさまにあることないこといろいろ囁きかける。そういえば少し以前から、急に頭が良くなったような気がしたり、世界で自分が一番偉いような気がしたりし始めたのは、この眼球の上を漂う黒いヒモ星人の仕業に違いない。左眼のなかを泳いでいるので便宜的にヒダリーと呼んでいるのだが、ヒダリーは指の腹で強く目蓋をこすっても、南アルプス天然水でじゃぶじゃぶ洗っても、いっこうに消え去ってくれないやっかいものである。このまま左眼を食い荒らされて、さらに奥深く侵入してきたらどうしよう。こんな兜甲児でもないヤツに大事な頭部を占領されたりしてはかなわないので、グーグルで退治法を検索してみたら、どうやら飛蚊症だということが分かった。そのうち眼科に行ってみようと思う。それにしても、こんな風にして少しずつ、衰えつつある身体からの覚えのない訴状に翻弄されながら、正気とも狂気とも知れない阿頼耶識を彷徨い歩き、視力が弱り、眼光が褪せ、手足が痛み、姿勢が歪み、口が悪くなり、聞く耳もたず、意思が薄弱になり、暑さ寒さに堪えられず、翼から羽根が抜け落ち、みじめに地表を這い回りながら、やがて強引に土に還されるのだと思うと、最も残酷な神とは即ち 「時間」 ではなかったかと、パソコン画面右下の時刻表示を熱く睨みつけてみれば、なんとなく時間が止まっているような気がしてきたり。