目が覚めてしばらくはベッドの上に滞留し続ける。カーテンをいっぱいに開け、毛布にくるまって、先月末に職場の人にいただいた 『妖魅変成夜話』 の第1巻〜第4巻をゆっくり読む。岡野玲子は凄い。なにより毛筆で描かれた1コマ1コマの美しさはどうだろう。どのコマを採り上げても東京国立博物館のガラスケースに納められた数多の国宝や重要文化財にも劣らぬ妖艶なオーラを漂わせている。うーむ。解説陣も揃えたものだ。第1巻=荒俣宏、第2巻=中野美代子、第3巻=しりあがり寿、第4巻=松岡正剛、である。この作品が日本漫画史上ただならぬ存在であることの証しである。

明日はもう雨が降ってしまうと聞いたので、明るい陽射しとの別れを惜しみつつジョギングに出かける。片方の膝が痛むのは運動不足のせいであると診て、少し走って痛くなったら歩き、痛みがひいたらまた走るということを40分くらい繰り返す。楽しい。

帰宅すると同時に電話が鳴る。妻が出る。なんだか明るい挨拶など交わしている。受話器を受け取ってみたら貸本屋の女店長だった。「来てくれないの」 なんてスナックのママみたいだな、と思いながら、そそくさと着替えて電車に乗ったりする。世間話などしつつ、佐々木倫子 『月館の殺人』 上・下、小畑健 『ラルΩグラド』 第1巻、など借りて帰ってくる。

再び帰宅すると、妻は昨日の夜に放映されていた 『ルパン三世』 を再生して観ている。わたしのなまえはマモー、などと呟きながら自分もしばらくその妖しげな画面を眺める。終盤のあたりで 「ルパンと名乗る男がいるかぎり追い続けるのが私の仕事だ」 とか銭形警部が唸るのを聞いて、そのまま我が精神は座頭市に想いを廻らせる。

座頭市にもまた、彼を追いかける者たちがいる。義理に縛られていたり、ただ男を上げたかったりする十把ひとからげの渡世人たちである。物語の筋にはまったく関係のないところで座頭市を付け回し、こそこそと身を隠しつつ座頭市の手強さを確認し、なるべく座頭市の都合の悪そうなタイミングを狙って問答無用に仕掛けてくる。「ぃやい座頭市ぇ」「てめぇ命わぁもるらった」「くぉのやるろ覚悟しやがるれ」 一斉に刀を抜いて笠を放り投げる。その ”場ちがい” なところが可笑しい。座頭市もたちまち不機嫌になる。赤子のおしめ替えるまで待てねえかい、草鞋くらい履かせてくれ、水浴びくらいゆっくりさせろ、そういう交渉には一切耳を貸さない荒くれどもは、盲目の座頭市を取り囲みつつ、お互いのアイコンタクトで攻略法を決定し、そして5秒後には一人残らずこの世から消える。自分にはこの追跡者たちが無性に愛おしく感じられるのだと、眠る前に妻に説明したりする。