犯罪者は犯行現場に戻ってくるというが、去る9月6日に酔って終電車を乗り過ごしてタクシーで帰宅するハメになったあの夜、幸か不幸か眼が覚めて慌てて降りたあの駅が、一体何処だったのかを明らかにするために妻同伴で現場検証に出かける。

犯行直後は、その駅がまさしく 「武蔵藤沢駅」 だったと確信していたのだが、犯罪者の記憶というのは時として曖昧である。今日ホームに降りてみるとどうも違う。階段を昇って、反対側のホームに下りて、改札口あたりを見回してみるが、何かが違うような気がする。本当にここだったのか、と妻が刑事のように背後から問い質すので、もう少し向こうのほうだったかも知れません、と答えながら、もう一度やってきた下り電車に乗る。心の中で、無数のフラッシュの瞬きとシャッター音がオレたちを追いかけてくる。

約5分後、次の 「稲荷山公園駅」 で降りてみると、たちまちあの夜の景色が脳裏に忽然と浮かび上がった。ここです刑事さん、ここで降りました、この機械で清算して、この公衆電話機で自宅に電話をかけました。小さなロータリーが真っ暗で、周りにお店らしいものも何もなくて、本来なら不安な気持になるべきところを、大して動揺もしていない自分に気づいて、むしろそのことによって激しい不安が呼び覚まされて、あの辺りに立ってタクシーが来るのを待ちました、あれほど人気のない所でしたからタクシーに出会えたのは奇跡としか言いようがありません、そうか稲荷山公園だったのか、周りは航空自衛隊の基地に囲まれていたのか……。

妻は、なかなか良いところじゃないか、と温かい言葉を秋雨に濡れるオレさまの背にかけてくれた。それからオレたちは再び上り電車に乗って、鉄路から見える風景を楽しみながら地元駅まで引き返した。心の中をエンドロールが上がってくる。心の中の窓ガラスにはオレさまの顔が映っている。その顔は雨だれを受けながら微かに笑っているようだった。

図書館へ行ってしばらく時間を潰し、駅前のスパゲティ屋でまた時間を潰す。夕方には大雨になってしまったが、傘を買ったりせずに、ずぶ濡れになりながら自転車を漕いで帰ってくる。