8時に出社しなければならなかったので、いつもより1時間早く起きて家を出る。心頭を滅却すれば火炎放射を浴びても涼しく感じられるそうだから、心頭を滅却すれば眠くないのだ、と自分に言い聞かせながら電車に乗ってみたが、滅却された心と頭とは要するに精神の休眠を意味するものであったかと、何度か膝の力が抜けたりするたびに思い知らされる。眠ってしまえば眠くないのだ。やっとこさ職場についてパソコンの電源を入れてみれば、じきにO田女史もよろよろ現われて、眠いです、もう寝て良いですか、と自分の座席に崩れ折れたかと思うと伏せられたノートパソコンの上に頭を乗せる。朝の空気に凝縮していたはずの冷たいエントロピーがたちまち増大しはじめる。何かがどんどん崩壊していく。終わりだ。壮大な終わりが朝から始まろうとしているのだ。

夕方、早めに退社して散髪屋へ行く。じつは閉店の間際に門を叩いて 「残念、今日はもうお終いなんですよ」 と断られるのを密かに期待したのだが、期待に反して、滑り込みセーフですよと笑顔で受け容れられてしまう。ああ、これでもう小一時間はじっとしてなければならなくなってしまった。しばらく来なくても済むように、しっかりと短めに刈ってもらうことにする。クーラーがよく効いていたので理容師は涼しげな表情をしてみせていたが、内心では火炎放射器でアフロヘアーにしてやろうかと思っていたかも知れない。心頭滅却してさらにクーラーもかければ紅蓮の炎もまた涼しいか。散髪してもらう間も、寝不足のせいで眠たかったのだが、緊張して眠れなかった。

南天の満月の美しさに何かを誓いながら帰ってくる。