東村山の菖蒲園を観に行く。駅に着いたのが昼過ぎだったので、とりあえず近くの店で昼食を摂る。『MARU』 というカレー屋で、チキンカレーと野菜カレーを注文して夫婦で分け合う。隣の席に座っていた奥様連れの老紳士が高級そうな骨董カメラを持っていたので 「それライカですか」 と心当てに尋ねてみれば、老紳士はニヤニヤしながらそうではないようなことを言いつつファインダーを覗かせてくれた。上から覗くタイプで、なんだかレンズの向こうがセピア色に見える。カメラはずっしり重く、とても手入れが行き届いているようで渋く光っている。新品みたいですね、と言ったら、それなりにお金もかかりました、と紳士は奥様に向かって舌を出した。オレさまもこんなカメラが欲しくなった。食後にコーヒーなど飲みつつ、まだ見ぬ我が愛しのカメラに思いを馳せつつ、やがて店を出る。

カレー屋から15分ほど歩いて、目的の菖蒲園のある公園にたどりつく。切り拓かれた広い敷地に、小川や池を拵えて、そこへ沢山の菖蒲の株を植え込んだ、いわば菖蒲の新興住宅地である。まだ三分咲きといった程度。それでも大勢の見物客が集まっていた。

人はどんな境遇にあっても、何かを観て美しいと感じたり、何かを食べて美味しいと感じたり、何かに触れて温かいと感じたりする。外部世界を感受する器官をもつかぎり、そうした情報処理はどこまでもついてまわるだろう。そうして、美しさや、温かさに恍惚となる一方で、それが永遠のものでないことに絶望するのである。咲き乱れる薄紫の菖蒲の庭を眺めながら、妻とそんな話をする。

地元まで戻ってきて、本屋で少し立ち読みなどしたのち、いつもの 『泉屋』 で飲む。夫婦の所持金の合計が6千円しかないので注文は慎重を求められた。とにかく焼酎が飲めれば良いので、『黒霧島』 などがぶがぶ飲む。酔うにつれだんだん自分の気が大きくなっていくスリルを味わう。近くに座っていた客が競馬の話をするのが聞こえる。4番が勝ったらしい。少なくともダイワメジャーではない。1時間半ほど慎重に飲んで、会計をしてみたら4千円に満たなかった。自分も案外たいしたことはない。