早めに会社を退社して歯医者へいく。受付時間ギリギリに間に合って、
しばらく 『驚異の百科事典男』(まだ読み終わってない) を読む。
やっと 「O」 の章まできた。

順番がまわってきて、診察台に仰向けになりながら、治療中の前歯をガリガリ
やられている間、例の仮面サンダーのことを考えていた。

仮面サンダーは改造人間である。
カミキリムシの特徴を受け継いだ彼の、大いなる能力はもちろん強大な 「顎の力」
である。邪悪な組織の怪人共と、さんざん殴りあったのち、最後に繰り出す仮面サンダー
の切り札が 「かみつき攻撃」 なのである。敵はそのあまりの痛さに耐えかねて、
死にもの狂いで仮面サンダーの長い触角を掴んで引っ張る……まるで子供の喧嘩だ。

それにしても、バッタの脚力を得て豪快に跳ね回る仮面ライダーに比べると、
仮面サンダーの必殺技はとてつもなく地味だ。そもそもバッタとカミキリでは
人間界での認知度に差がありすぎる。たしかに、甲虫であるカミキリのほうが
強そうではあるが、そのぶん鈍重なイメージも抱えてしまう諸刃の剣でもある。
歯医者の先生に小言をいわれながら、そこまで思いを廻らせてから、はっと気づいた。

もしかして、仮面サンダーは ”パチもん” ではなくて、”バッタもの” と呼ぶ
べきなのではないか。仮面サンダーは仮面ライダーの ”バッタもの” だけれど、
でも仮面ライダーのような ”バッタもの” ではない……なんというアイロニーか。
なんというアンチテーゼか。オレさまはますます仮面サンダーが好きになってしまい、
仮面サンダーの第1話を書いてみたくなった。

書き出しはこうだ、

 ”ある朝、グレゴール・ザムザが不安な夢からふと覚めてみると、
  ベッドの中で自分の姿が一匹の、とてつもなく大きな毒虫に変わって
  しまっているのに気がついた。”

文学だ。仮面サンダーは純文学であるべきなのだ。
主人公ザムザの職業は、床屋(髪切り)か、高座の紙切りという設定にしよう。