会社の暑気払いに、納涼船に乗った。
大江戸線勝どき駅付近にある船着場へ19時に集合。

昨日の台風の影響があるとすれば 「天気晴朗ナレドモ波高シ」 状態である
ことが予想されたが、意外にも朝潮運河の水面は穏やかに街の灯りを映して
いるばかりだった。

それでも、船が走り出すと、ザブンザブンとかなり揺れる。
直立不動の東京タワーを眺めながら、このままでは酔うか、さもなくば酔うか、
どちらかであると思われたので、潔くコップを握り締めビールをガブガブ飲む。
注いでは飲む。注いれはろむ。刺身でも枝豆でも、目の前にあるものは食べる。
何でも食べる。隣にいる人と話す。何でも話す。はて見慣れない人だと思ったら、
どうやら社外の人も混じっていたヨーダ。しかも在日の中国人だったりするので、
我是……、我是……、と一生懸命に中国語会話に挑戦しようとしてみたのだが、
我是……という哲学的な問いかけを繰り返すばかりで、その先に踏み込めない。
でも努力だけは認めてくれた。流暢な日本語で。コップに入った日本酒を舐めながら。

とにかく何らかの活動をしていないと、船酔いに負けてしまいそうである。
船のエンジンはかかりっぱなしだが、オレさまのエンジンは空回りしていた。
夜景はとても綺麗だが、もし万が一、ここで突然窓を開け波頭に挨拶しながら
小魚たちに撒き餌を与えるような事態に陥っては、楽しいはずの宴席が、
お台場に着く前に台無しになってしまう。

ふと気がつくと、黙り込んでそんなことを考えていた。危険な悪循環の入り口に立つ
自分の小さな背中が見えてくる。そっちへ行ってはいけないよ、母の声が聞こえる。
のしかかる不安をお酒で誤魔化そうとすると、いよいよ酔いが回ってきて、
お酒に酔っているのか、船に酔っているのか、悲劇に酔っているのか、
だんだん判らなくなってきた。

降りよう、と思ったら船が止まった。お台場湾に到着である。
ここはなんという賑やかさか。沢山の提灯をぶらさげた船が彼方此方に漂って、
まるで暴走族の集会である。岸辺にはフジテレビの妖しげな大楼閣がそびえ、
周囲のレストランだのレストランだのが煌々と灯りを瞬かせている。
まるで王朝時代の蘇州の盛り場に迷い込んだような(行ったことないけれど)
不思議な気分にさせられる。

ユリカモメが鳴いている。船頭さんが、天婦羅のハシを投げてやると歓ぶと
教えてくれたので、誰かがキスの尻尾を投げると、プカプカと集まってきた。
アーアーと鳴くカモメの声と、おだやかな波のうねりのおかげで、
少しだけ気分が落ち着いてきた。

レインボーブリッジを眺めながらの帰り道は近かった。どうやら往きの船路は
見物がてらに隅田川を遠回りをしてくれていたようである。気分もすっかり
落ち着いて、夜景の冷たさが胸に滲みた。

船着場に戻ったころには、もう10時を過ぎでいた。
勝どき駅から大江戸線で帰る。鮮やかな色のシャツを着た批評家みたいな青年
や、飾りのついたブレスレットをたくさん巻いた社会学者みたいな少女が、
リラックスした感じで椅子に腰かけているなかに、遠慮しながら混ざりこむ。
そのうち六本木あたりで垢抜けた大人たちや、ざっくばらんな外国人が乗って
きたときには、迷子になったような気がしてきたので、もうちょっと冷房の
温度を上げてくれないかなと思ったりしながら、残りの駅の数を数えたりした。