昼近くに大きな地震があった。ビルの14階で会議をしていたが、
会議の内容よりも、お弁当の内容が気になり始める頃だった。
誰かが、揺れてるね、というので会議の結論のことかと思いつつ、
やがて自分も揺れを感じ始めた。船酔いならぬビル酔いになるほどに
長く大きく揺れた。30分は揺れていたと思う。おさまるかと思うと、
また揺れが大きくなり、揺れればビルの耐震構造がそれを増長させ、
平衡感覚の危機に不安が混じって本当に吐き気がこみあげてきた。

オレさまがズボンからハンカチを取り出すと、その場に居合わせた銘々が、
ズボンから携帯電話を取り出して、メールで家族と互いの安否を確認しあった。
M村君は、速報を捉えようとして携帯電話でテレビを見はじめた。

オレさまは携帯電話を持っていないので、妻の安否が確かめられない。
仕方あるまい。こういうときのために、お互いに覚悟は決めてあるし、
万が一生き別れになったときの、待ち合わせの場所も決めてある。
それにしても今頃は、彼女はスポーツクラブへ行っているはずだが、
プールでビート板の下敷きになってやしないか心配だ。

昼休み前に会議を終えて、14階から12階の自席に戻ってみたら、
フロアには動揺は見られず、何事もなかったかのように整然としており、
各自がまだパソコンに向かって黙々と仕事を続けていた。

さすがに14階のほうが12階よりも高さがあるので、

  (14階の標高 × 2 × 円周率 × 揺れる角度 ÷ 360度)
 −(12階の標高 × 2 × 円周率 × 揺れる角度 ÷ 360度)
 =(14階の標高 − 12階の標高)× 2πrのルル三錠

くらい揺れ方が違うのかも知れないねえ、などとM村君と話していたら、
誰かが、「12階もひどく揺れたよ」 とツッコミを入れてくれた。
クスクス笑いながら、和やかな雰囲気で昼休みに突入。

帰宅後、妻に地震のことを聞いてみると、ぜんぜん気が付かなくて、
揺れが終わってから周りの人が教えてくれたと悔しそうに述懐していた。
ちなみに万が一の場合の集合場所も確認してみたら、

「家に帰ってくればよい」

と言われた。すでに夫婦間の認識に活断層が生じている。まあ、いいか。
職場から歩いて帰るには、道標のない被災地を24時間は彷徨わなければ
ならないことになりそうだが、確かにこういう場合には、帰巣本能に運命
を委ねるのが一番なのかも知れない。

いや、もう少し真面目に考えるべきか。