熊谷にある義妹夫婦の新居に遊びに行く。

妻もオレさまも早い電車が苦手なので、徹底的に各駅停車で乗り継いで、
しかも予定通りに午後2時頃に熊谷駅に到着した。義妹夫婦は駅まで迎えにきてくれた。

明るいうちは、妻沼祭りとかいう夏祭りで賑わっている所を案内してくれた。
町内の道の両端に出店が並び、町の人たちが集まって道路中央を踊り歩いている。
なかなか賑やかなお祭りだった。オレたちは道端で、カキ氷と焼き饅頭を食べた。
太鼓の音や、笛の音というものは、日本人の指先や足の裏に共鳴するようだ。
踊る阿呆に見る阿呆、どうせなら踊らねば損だと確かに思う。
周囲が暗くなってくると、調子に乗りやすい妻が道端で小躍りしはじめた。
危険なトランス状態に入りそうなので、とにかく義妹夫婦の住まいへ連れ帰ることにする。

オール電化の家というのは、オレさまにはちょっと住みにくい。
トイレに入ろうとして、電気のスイッチを探していたら、「勝手につくから」 と義妹が
教えてくれた。確かに入ってみると点くし、出ると勝手に消える(らしい)。

なぜオレさまがトイレに入ろうとしたことがこの家にわかったのか。

トイレのなかで、目を閉じてしばらくじっと考えてみる。
ふと目をあけたら、目の前が真っ暗になっていた。

一般家庭にセンサか。
うーむ。まるで監視されているようで煩わしい。しかも昼間は点かないのだそうだ。
よくきけば、風呂場でも、寝室でも、玄関も、どこでも同じなのだそうだ。
これをサービスと受け止めるか、おせっかいと採るか、旧式人間のオレさまには、
やや後者のほうに傾きそうだ。電気をつけずにトイレに入る自由が欲しくなるのである。

そもそもオレさまは、腕時計をするのは嫌いだし、携帯電話も携帯していないし、
クレジットカードも使わないし、オンライン書店は苦手だし、自動車には乗らないし、
ていうか自転車以外の乗り物が嫌いだし、テレビは金輪際見たくないし、公共料金とNHK
の受信料は頼まれても自動引き落としにしない主義だし、まあ、いいか。
とにかく基本的人権尊重を逆手にとり世の中をどんどん困らせてやるつもりなのだが、
そういう我儘なオレさまゆえに、電気をつけずにトイレに入る自由が欲しくなるのである。

竹宮恵子の 『地球へ』 というSF漫画のなかで、突然変異のミュータントの大使が、
地球に降りて個室をあてがわれたときに、「この部屋は何だ、電気の線で囲まれている」
と過敏に反応して互いにテレパシーでその不安を交信しあう場面を想い出した。
実際にそういう時代が到来しつつあるのだ。あるいは、オレさまもこのマンガに影響されて
いるだけなのかも知れないな。

それにしても、どうして母はオレさまを旧式に産んだのか。
夜中に寝るときも、クーラーの風が気になって、なかなか寝付けなかった。
すやすや寝ている家族の手前、あのクーラーをとめてえーっ! などと泣き言もいえず、
あてがわれた布団をかぶってじっとしているとじわじわと汗が滲んでくる。やがて暑さに
萎えて布団を剥ぐと、クーラーで汗が冷えて風邪を引く予感に不安が呼び覚まされて、
また慌てて布団をかぶる。その繰り返し。

寝よう、寝てしまおう、と焦りながら1時間も布団をかぶったり剥いだりした頃だった。
一緒に起きていたクーラーが、気の毒に思ったのか、ふいにフッと止まってくれたのである。
奇跡である。わかるのか。オール電化だから何でも判ってしまうのか。

とにかく、救われたと思い、元気に布団を剥いで、安らかにヒツジの数を数え始めたら、
10匹くらいのところで、またクーラーがそよ風という名の緊縛の呪文を唱え始めた。
ああ、もしかしてサーモスタットだったか。
21世紀のクーラーも、まだ電気羊の夢は見ないのか!

そんな風に絶望しながら、だんだんに気が遠くなっていった。