朝、出かけるときに、妻に何度も 「落ち着いて」 と念を押され、
彼女を安心させるために、何度も頷いてみせたり、深呼吸を繰り返したり
してから笑顔で家を出た。自分でも大丈夫だという確信を抱いていた。

出向先での作業を適当に切り上げて、定時後に本社へ帰社する。
今日は、営業報告会議(のようなもの)である。やや風邪気味だし、
前回も興奮して喋りすぎて後からぐったりしたので、今日は絶対に
大人しくしていようと心に誓っていた。そのためにマスクまで用意した。

会食のときにメロンが出たのは覚えている。
7時に会議が始まって、最初に自分に発言を求められたところまでは
だいたい記憶している。

気がつくと役員を前に激昂している自分がいた。
周囲の出席者の数人は哀れむような視線をオレさまに送っている。
俯いているヤツもいる。机の端が小刻みに震えているような気がする。
名誉を挽回しようとして、また皮肉めいた言葉を会議室全体に、蛍光灯や、
椅子や、絨毯や、持っていたペンや、置時計に向かって投げつけてしまう。
沈黙が恐い。

約3時間の会議ののち、ぐったり疲れて、後輩たちに担ぎ出されて、
近所の 『白木屋』 で大ジョッキのビールを飲ませてもらう。
普段は散り散りになっている、いわば家族のような仲間たちと、
久しぶりに話ができて嬉しかった。飲みながら後輩に諌められもした。
全てを素直に受け容れられてしまう安心感がそこにあった。

23時半の丸の内線は、吊革にすがりつく酔っ払いばかりだった。
自分も吊革を抱きながら、今日の自分の発言を振り返ってみたりする。
暗澹たる気分になる。喧嘩好きなところだけは、母に似たと思う。