うみのひ

電話で叩き起こされた。
応対は妻に任せ、慌ててゴミ出しに走り、身体ごと清掃車に飛び込んで、
燃えないゴミといっしょに東京湾まで運ばれ、ボロボロになって帰ってくる。

電話は妻の実家からだった。すぐに実家へ戻らねばならなくなったと妻はいう。
さては、先日の床屋代を水増し請求したことが大作君経由でバレてしまったか。
もう二度としないから赦してくれ、と嘘泣きして頼んでみるも聞き入れられず。
とにかく実家へ帰らせていただきますとの一点張り。

本日はY成君たちが遊びに来る予定だったのだが中止せざるを得ない。
迷惑をかけてはいけないので、朝7時半頃まで待って、Y成君に断りの電話をする。
まだ眠そうな声だったので、お詫びに軍艦マーチを歌って聞かせてやった。

妻が出かけて退屈になったので、パソコンの電源を入れてみる。
2ちゃんねるで競馬情報など仕入れようとしたら、アクセス禁止だとか言やがる。
東京丸の内OCNユーザーがDOS攻撃を仕掛けたとかで、OCNユーザー全てが
アクセス禁止にされているらしい。おやおや。まさかこんな形で2ちゃんねるを卒業
することになるとは思わなかったよ。まあ仕方ない。どんな事情であれ何者かを排除
しようとする時点で、2ちゃんねるの利用価値は消滅したようなものだ。

ため息をついていたところへ、後輩のA君から電話。ヒマだから池袋で遊びませんか
と言う。オレは忙しいからなあともったいぶってみせたら、さっさと電話を切られ
そうになったので、慌てて 「まあ少しならいいかも」 と応えて、12時半に池袋で
落ち合う約束をする。

約束の刻限までにはまだだいぶ時間があった。
それまで何をして良いか思いつかずCDなど聴いてしばらく過ごす。本当ならば、
今頃は来客のために必死で室内の掃除などしているはずだったのだと、考えてみれば
掃除をしなくて良くなっただけ優雅な気分になってきたので、これから着ていく
シャツにアイロンなどかけはじめる。生れつきの労働者なのである。

待ち合わせの時間に集合場所へ行ってみると、A君の他にY子ちゃんも来ていた。
しかし、それ以上待っても誰も来ることはなく、久しぶりの炎天下の池袋を3人で
歩きだす。少しずつだが、池袋も様変わりし続けている。オレさまがよく通った立ち食い
ソバ屋もとうに無くなっている。

とりあえず空腹なので、3人でしゃぶしゃぶを食べに行くことにした。
冷房の効いた薄暗い建物のなかで、男女3人が沸騰した鍋の中で牛肉を洗うのだ。
実に危険な遊びでワクワクする。食べ放題に飲み放題をつけて、だいたい何皿で元が
取れるかを計算してから、ビールで乾杯し、がむしゃらに牛肉を茹でては食べ、
茹でては食べする。A君がオヤジギャグを連発するので、オレさまは安心してキャラ
を放り投げて食事に集中できた。Y子ちゃんも愛想笑いを浮かべながら、忙しく箸を
動かしている。

「そういえば僕、今度ニュウセキするんですよ」

なにニューセキというとおじさんとかおばさんとか、それは親戚ですね、ああそうか。
じゃあLSIだなでもあれ人間の手でやれるのか、それは集積回路、うんそうだよね。
ということはあれか古墳とかお城の跡地とか、それは旧跡ですよ、ああそうだった。
もちろん ”入籍” だということは分かっていたが、しゃぶしゃぶに忙しくてA君の
ネタにつきあうのが億劫だったのである。なのに何度もしつこく言ってくるので、

「まあ、それじゃあ、相手の女性の生年月日をなど言ってみて」

昭和まる年まる月まる日……ほらな、出鱈目なこと言いやがって。

「それ、あたしの誕生日じゃん」

食事に忙しかったY子ちゃんが、ふいに箸を止めて反応する。ちぇ。やっぱりネタか。
こいつら事前にネタ合わせしてきたな。本当は、それあたしの誕生日じゃん(バシッ)
とハリセンでA君の頭を叩くことになっていたはずだ。Y子ちゃん、しゃぶしゃぶに
夢中で忘れたな。まだまだ修行が足らんな、とため息をついていたら、

「実は本当なんです」

と二人が口を揃えて言うものだから、唖然としながら我が耳の幻聴障害を疑う。
多少仲が良いのは知っていたが、どうしたらそこまで一気に飛躍してしまうのか。
すぐにトイレに行くふりをして席を立ち、壁の影や、厨房付近を眺め回し、
”どっきりカメラ” のプラカードを持った友人の誰かが隠れていないか確かめる。
オレさまは騙され易いからな。あとで皆で笑いものにするつもりに違いない。

ほぼ店内の調査を終えて席に戻ってみたら、食べ放題の時間が制限一杯となって
しまったので会計を済ませ、引き続きお茶でも飲みながら、本件についてもう少し
話し合うことにする。サンシャイン60にあるスターバックスで、バニラフロート
を奢ってもらった。

結局、最後まで二人は主張を貫き通し、ネタを明かそうとしなかった。
夕方4時に解散となり、オレさまは地元まで戻って、今度は妻と合流し、喫茶店
事の次第を報告してみたら、妻はあの二人ならベストカップルだと素直に喜んだ。
こいつもグルだな、と疑いつつ、窓の夕陽を眺めながらアップルティーを飲む。

日が暮れた頃に、喫茶店を出て、ブラブラ歩きながら帰る。
途中でビデオ屋に寄り、『カンフーハッスル』 を借り、帰宅後すぐに観る。
これだ。これこそがエンターテイメントだ。周星馳カンフー映画に対する情熱が
ヒシヒシと伝わってくる。手を抜いているところが一つも無い。素晴らしい!

ジャケットに 「ありえねー」 というキャッチコピーが書かれているが、
このコピーを考えたヤツは何も解っちゃいないと思う。カンフーファンの妄想の
中ではすべて ”有り得る” ことなのだ。戦闘場面に笑うところなど一つもない。
感動、感動、また感動なのである。ありがとう、周星馳

寝る前に、コインでA君とY子ちゃんの未来についての卦を立ててみたら、
【風火家人】 の卦が出た。「家庭を和やかに保つ、良妻賢母」 のような意味。
さすがに易は嘘をつかぬか。