いつもより早く出社しなければならない日だったことを思い出しながら目覚めた。
まだ間に合うことを確認してから、妻の用意してくれた朝ご飯を食べる。
口の中が痛いと思ったら、寝ている間に舌を噛んでいたようだ。

妻は心なしか不機嫌そうだった。
昨晩はイビキがうるさくて3時間しか寝ていないのだという。
オレなんか全然平気だったのにな。

少し食べたところで、すぐに気持ちが悪くなる。まだお酒が残っているようだ。
やはり濃度と製法の異なる数種類のお酒を混合して摂取したのが良くなかったか。
それでも我慢して、朝食は全部平らげる。そうしたほうが、二日酔いにはベター
なのだということをオレさまは経験として学んでいる。

出社してすぐに、トイレで手を洗っていたら、腕に赤いあざができていることに
気が付いた。いつの間にぶつけたのか、まるきり身に覚えが無い。

もう金輪際お酒を飲むまいと思っても、夜は必ずやってくるもので、
その頃には多少元気が戻ってきていて、そうなると快気祝いで一杯やりたくなる。
そういうことではなくても、今夜は飲む予定があった。

4ヶ月ぶりの岐阜県人会。日比谷ガード下の 『鍛冶屋文蔵』。
H賀ちゃん、M川女史、T屋女史、S田女史、Bさん、T田君、MINGO君、
N島会長、そしてオレさま、の合計9名である。

例えば、ここに青いボールがあるとして、それを黄色いメガネをかけた者が見たら、
青いボールは緑色に見える。もしも、集まった者の全員が黄色いメガネをかけていたら、
彼らの目の前には緑色をしたボールが存在するだけで、青いボールは存在しない。
たいがいの真理とは間主観的な多数決で決められるものなのである。
そういうあり方で、オレさまが岐阜県人であることは真実なのだ。

ガード下ということもあって、それぞれが店に入って着席後、まず携帯電話の電波
の状況を確かめたりしながら、
「auの人いる?」
などと言っているのを聞くと、英雄の人いる? と方言交じりのイントネーション
か何かに聞こえてしまうのは携帯電話を持たないオレさまだけである。
「圏外だよ」
などと言っているのが聞こえると、県外だよ、と聞こえてしまうのはニセ岐阜県人の
オレさまだけである。

とりあえず、先日亡くなったプロレスラーの橋本が岐阜県出身だという話題になった。
いつもウソつきよばわりされるオレさまも、今日は沢山ネタを仕入れておいたので、
頃合を見計らって、

「マンモスはバローに買収されたよ」

と教えてやると、H賀ちゃんやS田女史あたりは、そこそこ衝撃を受けたようだった。
しかし、ピンクレディーのケイちゃんが岐阜県に住んでいるという事実を発表しても、
疑わしげな視線を送ってくるだけで、誰も信じてはくれなかった。
鶏ちゃん(ケイチャン:岐阜料理のひとつ)に掛かっていて、面白いネタだと思った
のだけれども骨折り損だったな。

それにしても、ウソつきよばわりされてばかりなので、
今日こそは言ってやった。

すべての事象は 「言葉」 という危うさの上で再現される。
ウソをついているかも知れないという疑念のなかで情報を取捨選択していく技術は、
例えばインターネットの世界などでは基本的かつ重要なマナーとして認知されているが、
いつの時代でも変わることなく必要とされる作法だ、たとえ岐阜県人だからといって、
どんな情報でも ”鵜呑み” にしては遺憾よ……と落としてみたら、ヤヤウケだった。

岐阜に帰省していたM川女史は、わざわざオレさまのために、板取川の鮎釣りの
パンフレットと、その近くの喫茶店のパンフレットを持ってきてくれたのだが、
オレさまをそれを数時間後に失くす。帰宅して、すぐにその事に気がついてしまうと、
だいぶ狼狽してしまって、それからしばらくは寝つけなかった。