8時になんとなく目が覚めて、昨日の夕食のうどんは美味しかったなあ、
などと考えていたら、妻に叩き起こされた。出かけるから仕度しろという。

理由は分かっている。今日は町内会の防犯教室の日なのである。
防災部の主催で、子供たちを集めて、防犯ビデオを観たり、お巡りさんの話を聞いたりする。
防災部長の妻はその一切を取り仕切るわけである。とはいえ、やることといえば、
会場施設を予約したり、案内の文書を作ったり、警察と調整したり、
お土産のお菓子を準備したり、お楽しみビデオを借りてきたり、
そうした細々としたことばかりだったりする。

とにかく、まず沢山買い込んだお菓子を会場まで運ばなくてはならないので、
男手が必要なのに違いないのである。しかも最も手近で扱いやすい男手といえば、
それはもう亭主に優るものはない。ハクション大魔王ドラえもんの心中を察しながら、
諦めの境地でのっそりとベッドを離れる。

とりあえず、その辺にあったズボンを穿いて、フラフラしながら自転車に乗る。
寝グセもそのまま、髭も剃らずに、町内会の方々が集まる中へ姿を現すのは、
いかがなものかと躊躇いはしたが、とにかく急がねばならぬということで、
隠密行動を肝に銘じながら、妻の自転車を追いかける。なぜジュースは重いのか。

会場に着いてみると、まだ誰もいなかった。防災部長の亭主として町内会執行部の方々に
ご挨拶せねばと思っていたのに、ちょっと拍子抜けした。ただ一人だけ、
同じ防災部の副部長さんが手伝いに現れたのだが、優しそうなおばさんで、
なんでも手伝ってくれそうだけれども、一人にしておくのはちょっと心配な感じである。
例えば、ビデオ装置の準備やマイクの準備などはあまり得意そうではない。

妻と副部長さんは、自然に椅子の準備をしたり、お菓子の詰め分けをしたりし始めたので、
ビデオ装置の準備と、マイクの準備はオレさまが手伝ってやることにした。
じきに町内会長や、警察官が、そして子供たちや父兄が、集まってくるはずだ。
みんな知らない人ばかりである。

アー、アー、とカラスの真似をしながらマイクのテストをしていたら、
妻が大変な勢いで駆け寄ってきて、司会者が必要であることが判明したと言う。
それならば防災部長こそ適任だ頑張れ、と激励すると、防災部長はいつも毅然として
いなければならないので子供たちに狼狽する姿は見せられないという。
自分の言っていることが分かっておるのか。

そこへ、何も知らないおじさんが一人、のこのこと会場に入ってきたので、
あのおじさんではどうか、と提案してみたら、あのおじさんは実は写真を撮る人なのだという。
では副部長さんは……と言いかけたら、こちらを見ながらニコニコ笑っているのが見えた。
オレさまも笑顔で応えてやる。

「あなたがやってください」

全身に電撃が走った。寝ぼけていた神経がたちまち活動を始め、精神が動転しつつある
ことが自覚できた。耳を疑ってみたが、空耳ではなかったように思う。ひょっとして
ふざけているのかと思ったが、防災部長の目は座っている。直々の辞令通達である。

「いいよ」

なるべく動揺を見せずに、気軽さを装いながら快諾してやった。
無精髭が伸び、髪もボサボサ、パジャマ代わりに着ていたTシャツをそのまま着て
きたオレさまによく頼めたものだとその勇気にこそ感心する。

それからすぐに執行部の出席予定者の名前と、さらに招待している警察官の人数と
所轄部署と名前を確認する。進行手順をメモに書いて、最初に発するべき言葉、
”おはようございます” をその先頭に書き終えて準備は完了である。

あとは子供たちがなんとかしてくれた。
防犯ビデオは2本、『忍たま乱太郎』 と 『ニャンダーかめん』 を観た。
特別に製作されたもののようで、テレビマンガはこんなところで役立っている。
想像に反して子供たちはとても行儀が良く、ビデオを楽しそうに観ながら、ときどき
画面に向かって防犯上の問題点を指摘したりもしていた。立派な大人である。

ディスカッションでは、警察官が 「知らない人についていかない」 と、子供たちに
何度も念を押していたのがやけに印象に残った。ちょっと知っている程度の大人でも、
相手をしてはいけないのだそうである。オレさまだって、この子供たちからすれば
「知らない大人」 の一人である。このままでは、知らない大人と知らない子供とが言葉を
かけ合う機会など完全に消失してしまうだろう。オレさまにはその点が引っかかる。
子の無い老人などは、ますます孤独になるばかりではないか。

途中で警察の方々を送り出し、最後にみんなで 『トムとジェリー』 を観た。
曇り空を晴らすような子供たちの笑い声に、我が防災部長もひととおり安堵した様子だった。

午後は床屋へ行ったりした。10分くらい適当に散髪された後に、鏡で後ろを見せて
くれたのだが、ぜんぜんさっぱりしていない。「刈り上げてください」 と言ったら、
床屋の店主が 「刈り上げないって言ったよ」 と反論してきたのでうんざりする。

こういうところが床屋の苦手なところ。あらためて低姿勢で刈り上げをお願いする。
客であるとはいえ、大切な頭部を預ける以上、高飛車な態度には出られない。
いや、そうした妄想を抱くオレさまの側にも問題があることもよく分かっているつもりだが、
とにかく気持ち良く時間を過ごしたいというのがこちらの本意でもある。
床屋さんも解ってくれたようだった。

帰宅後、今日の2歳戦の結果をJRAのホームページで確認する。
阪神1Rの未勝利戦をマルカアイチャンが勝っていた。
これもまた、父フレンチデピュティ×母父サンデーサイレンス牝馬である。
なぜだかちょっと嬉しい。

夜は妻と外食するつもりだったが、暗くなるにつれ少しずつ雨が強くなってきたので、
今夜は家の中で大人しくしていることにする。丁度良い機会なので、
【第8回COT指名馬のリスト】 をまとめて 【KEIBAのある生活】 に アップロードする。