朝6時半起床。
もう少し眠るつもりだったが、一緒に起きた妻と話し込んでしまい、すっかり目が覚める。
着替えて、雨戸を開け、居間を片づけて塵を掃き出し、一輪挿しの水を換え、トイレと洗面所の掃除をし、
妻の指示を受けてワインを買いに出かけ、帰ってきて庭の雑草を引き、玄関を清め、打ち水をし、
それから濡れ縁に腰掛けてサンスポを眺める。その間、妻は黙々と料理。

午後1時に近くなった頃、O谷夫妻、Y成君、N藤さん、H賀ちゃん、の5人が約束どおり遊びに来た。
複雑な気流にもかかわらず、定刻どおりのフライト。オレさまが描いた地図が正確だったこともあるが、
この付近でプールと回転木馬のある豪邸といえば一軒しかないのですぐにわかったのであろう。
さささと妻を紹介しつつ、さささと入館してもらう。いつも飼っている2頭のライオンは、
彼らには危険なので、この日だけは上野の親戚筋に預けておいた。

Y成君は手土産にビックカメラの紙袋を差し出した。ビックカメラには何でも売っているから、
たぶんこれははお酒だろうと思いつつ、ひとつボケてやろうかとネタを考えているうちに急かされて、
包装を解いてみると果たして酒甕だった。『無月』 という芋焼酎で、甕には竹の柄杓までついている。
度数が37度もあり、やや風邪気味のオレさまには丁度良い(意味不明)。有難く拝受。

岐阜県人会事務局でもあるH賀ちゃんは、単独で 「さるぼぼ」 を手土産に携えてきてくれた。
「へえ、これが ”さるぼぼ” ……?」 と、赤い顔のさるぼぼを抱き上げながら感心していると、
知らないのか、岐阜県人なのに、という陰口がどこからかヒソヒソ聞こえてきたので、
「もちろん知っている」 と開き直ってみせる。懐かしさに涙がこみあげてくるくらいだ。
お守りでもあるということで、これは早速、居間の一角に飾らせてもらう。

ひとまずビールで乾杯。
本日のメニューは、有機グリーンアスパラガスのロワイヤルコンソメジュレ仕立て新鮮雲丹添え、
やわらかく煮込んだベーコンと春野菜のミネストローネ、カナダ産活オマール海老のポワレバジル風味
完熟トマトのロースト添え、ニュージーランド産仔羊のパン粉揚げローストフォンドボーソース、
香り豊なシンプルパルミジャーノタリオリーニモッツァレラチーズパートフィロ包み揚げ、
自家製アイスクリーム、パイナップルとアメリカンチェリーのフルーツバスケット、という感じ。
彼らのために、特別にフランスのホテルから一流の料理人を呼んでおいた。

最初のビールを乾したのち、いよいよ例の 『無月』 の甕を開けてみることにする。
そもそも 「無月」 とはどういう意味か。さては、競馬が当たらないものだから ”ツキナシ” とでも言いたいのか。
うーむ。いまにみておれよ。ブツブツ言いながら、正座して、厳しく重ねられた封印を丁寧に解いてみる。
さあ汲めども尽きぬツキナシの泉よ疾くその姿を見せよ……
ひとたび蓋を開けてみると、たちまち部屋中に豊潤な香りが漂いはじめた。

フェノロサ法隆寺秘仏を前にせるときの心境もかくの如くではなかったか!
狂喜して柄杓を手に取り、静かに掬ってグラスにあける。一口舐めてみる。
なんという美味。『魔王』 の対極にあるような、柔らかさのうちに深い思いやりを秘めたような銘酒である。
これはヤバイぞう、とかいいながら、皆で、じゃんじゃん掬って飲み始める。

『無月』 を舐めながら、あらためて妻を紹介する。
いつも日記を読んでくれているメンバーなので、度々登場するズッコケワイフに会うのを楽しみに
していてくれたらしいが、まさか本物の映画女優だとは誰も思わなかったらしい。
とりあえず妻に命じて、全員にサイン入り色紙をプレゼントさせる。

逆に妻に対して、O谷夫人を紹介したら 「ヒツジちゃん」、N藤女史を紹介したら 「困ったときのN藤さん」、
H賀ちゃんを紹介したら 「大好きなH賀ちゃん」、といった調子で、オレさまがいつも妻に話している内容を、
そのまま口に出して言うものだから、オレさまとしては非常に恥ずかしかったわけである。
ちなみに、Y成君を紹介したら 「ああ。おサルさんね」、O谷君を紹介したら 「ああ。ライオンさんね」、
という感じで、こちらはまあ、それで良いことにする。

N藤女史は、もしもオレさまが内閣総理大臣だったら、間違いなく外務大臣に任命するであろうほどの、
外交手腕を持ちあわせている。妻の緊張をいち早く解いてくれたのも彼女だった。
引き合わせてわずか10分の間に、妻のことを、○○ちゃん、と名前で呼んでいる。
オレさまでさえも名前で呼んだことがないのに。

ほどほどに酔いがまわり始めた頃、『ウィニング競馬』 の時間になったのでテレビをつけた。
Y成君がさっそく携帯電話を出して、カチャカチャ投票し始めたと思ったら、おもむろに立ち上がって、
「圏外だ!」
と叫んだかと思うと、オロオロしながら、もし東京10Rで5−6が来たら泣きますよ、
思い切り泣きますからね、とすでに泣きながらテレビの前に正座した。幸運なことにハズレ。

圏外だから、と言っているのに、その次の11Rも投票しようとして携帯電話をカチャカチャやる。
画面内のアンテナ表示が1本分くらい立っているらしい。そしてまた、おもむろに立ち上がって、
「圏外だ!」
と叫んだかと思うと、オロオロしながら、もし東京11Rで14−16が来たら泣きますよ、
思い切り泣きますからね、とすでに泣きながらテレビの前に正座した。これまた幸運なことにハズレ。
Y成君はそのまましばらく正座しながら腕を組んで 『ウィニング競馬』 の終わった黒い画面を眺めていた。

H賀ちゃんは本棚から、ジミーの 『地下鉄』 を見つけ出した。
どうやら彼女も同じ絵本を持っているらしく、一人で読むと泣けるんですよね〜、と言っていた。
彼女の言うとおり、泣ける絵本なのである。しかもその 「泣ける」 というのは大悟の涙に近いものなのだ。
H賀ちゃんには、余分にもらってあった岡倉天心展のチケットを1枚あげる。絵本とは関係ないが、
もっと彼女と共有できるものを増やしたいと思ったのである。でも岡倉天心というのは失敗だったか。

食後のフルーツに出したアメリカンチェリーの短い枝を、O谷君は上手に舌だけで結んでみせた。
皆の要求するままに、何本でも、じゃんじゃん結んでいく。うーむ。以前から侮れぬヤツと思っていたが、
ここまでやるとは。
オレさまなどはさくらんぼが嫌いなので、食べているヤツをみるだけで驚異であるが、
そのうえで枝を舌で結んでしまう行為に及ぶなどということは想像すらできない。
神社でおみくじを枝に結んだりするくらいならできるのだけれどな。

少し酔ってきたので、酔い冷ましにトランプでもやろうと提案する。
トランプといえばルンペンのことなので 「大貧民」 をやろうと提案すると、そのゲームのことなら
「大富豪」 というのが正しいのではないかという意見があり、しばらく口論になる。
さらに、そういえば 「ケードロ(警察と泥棒)」 なのか、「ドロケー(泥棒と警察)」 なのか
わからんという問題が持ち上がり、Y成君がディズニーランドでドロケーをやりたいと
言い出したところへO谷君が力強く賛同する。しかし、ディズニーランドで鬼ごっこをするのでは、
集中出来ないだろうし、だいいち入場料が勿体無いという意見が大勢を占め、
上野動物園あたりが適当だろうということで折り合いがつき、
こちらは近日にもプロジェクトを発足させることになった。もちろんY成君が事務局を引き受けるはずだ。

そういうわけで 「大貧民」 をやる。基本的に、富める者はより裕福に、貧しきものはより惨めに、
というコンセプトのゲームなので、1回終了するごとに次のディーラーを務めるのは大貧民の役目と
決まっているのだが、いきなり妻が大貧民になってしまって、良い気味だとオレさまがほくそ笑んでいると、
すかさずO谷君がカードをまとめて、そのまま妻の代わりにディーラーを務めてくれた。
なかなか気の回る青年である。もしも妻に配らせていたら、配り終わるまでに30分はかかっただろう。

何回目かのときに、オレさまがクラブの6+7+8を3枚まとめて出すと、
O谷夫人が 「そういうのもありなんだー!」 と感心しながら、
胸を張ってダイヤの7+ハートの8+スペードの9を3枚まとめて場に出した。
O谷君がおろおろして引っ込めさせる。さすがにO谷夫人はダイヤモンドの原石より貴重な天然素材である。
その次の回には、ダイヤの7と8だけをまとめて2枚だけ出したりて、またO谷君をおろおろさせていた。

延々と続くかに思われた 「大貧民」 であったが、さすがに日が暮れてくると、ぼちぼち心細くなってきて、
適当なところでゲームは切り上げて本日の宴会はたちまちお開きになった。
泣いた赤鬼の親友の青鬼になった心境。
ちなみに最後の大貧民はY成君ということで、これはこれで永久に確定。

駅まで皆を送っていく。O谷夫妻は、二人で仲良く前を歩き、N藤女史とH賀ちゃんはふわふわ後ろを歩き、
オレさまとY成君は、お互いにオヤジギャグをとばしながら、車に轢かれそうになりながらフラフラ歩く。
Y成君が、しきりに明日の京王杯スプリングカップにはオレハマッテルゼがきますから、と繰り返して言うので、
あれは 「俺は待ってるぜ」 ではなくて、「おれハマってるぜ」 と読むのだと教えてやる。

駅に着いて、忘れずにまた岐阜県人会をやろうねとH賀ちゃんに念を押し、
N藤女史が階段を登りながら最後までしつこく手を振ってくるのを仕方なく相手してやっていると、
いよいよ皆の姿が見えなくなったので、自転車を漕いで帰ってくる。
帰宅後、またビールなど飲みながら、妻と二人で今日の思い出にひたる。