朝は薄曇だったが、夜には雷雨になると聞いていたので、
大きな傘を持って出かける。大人だからな。折りタタミなどで済ませない。

子供の頃から、母に 「降らずとも傘の用意」 などと教えられたりしていたのだが、
チャップリンでもあるまいし、メンドクサガリ屋のオレさまとしては、
たとえ雨の予報を聞かされていても、いま降っていなければ傘など持たずに外へ出て、
降られるたびに濡れては風邪を引いたりしていた。子供だったからな。

この 「降らずとも傘の用意」 というフレーズは、七五調でもないし、
母のオリジナルかと思っていたのだが、試みにGoogleで検索してみたら、
132件もヒットした。どうやら、”利休七則” とかいう千利休が示した茶湯の心得の
うちのひとつだったようだ。するとオレさまは、知らず知らずのうちに茶人としての
英才教育を受けていたのである。どうりで抹茶アイスが苦手だと思った。

母から教えられた言葉には、他にも印象深いものがいくつかある。
「踏まれても咲くタンポポの笑顔かな」
などもその一つだ。オレさまは幼少のみぎりから労働者階級としての英才教育まで
施されていたわけであるが、こちらはきれいに季語を含む五七五で俳句になっており、
あるいは母のオリジナルやも知れぬと子供心に密かに感心していたのだが、
試みにGoogleで検索してみたら、ぱらぱらぱらとヒットしてきた。
どうやら世間のいたるところで使いまわされている言葉のようだ。
似たような句で、「蹴られても付いていきます下駄の雪」 などというのもあるらしい。
こちらはどうも都々逸めいていて品がない。

微熱に浮かされながら深夜まで残業。
確かに雨は降ったようだが、帰る頃にはもう止んでいた。
傘を持って出れば必ず降らぬのだ。
降らずとも傘の用意……うーむ。失意が濡れた信号機の下で笑ってやがる。
そういえば、そろそろPOGの攻略本が世間に出回る頃だ。