朝、いつものように通勤電車に乗っていたら、
遠足に行くためにホームに並んで電車を待っている小学児童達の群れにあった。

一本の木に雀が百羽も集まったようなその賑やかさと落ち着きの無さに、
ふと映画 『紅の豚』 の冒頭の空賊シーンを思い出してしまった。幼児達が人質に獲られる場面。
ああいう場面は、こうした様子を丁寧に観察したりして再現されるのだろうかと考えたりしながら、
電車が止まっている間、じっと彼等の様子を観察してみる。しかし 『紅の豚』 といえばパイロット、
パイロットといえばレースパイロットというわけで、余計な連想までしてしまい、
朝から浮かない気分で出社する。

出社してみれば、案の定、Y成君が顔を合わせるたび、すれ違うたびにニヤニヤしやがる。
レースパイロットオークスもいただきますから、とかなんとか。
まだお前にやったわけではないぞ! ……と娘を嫁にやる直前の父親が負け惜しみで吐きそうな台詞が、
喉元まで込み上げてくるのを辛うじて堪える。大人だからな。

少しだけ残業して、今日はもう疲れたから帰ろーと支度していたら、
後輩のM浦君がやってきて、いい加減に文化的な生活をしたいですと相談されたので、
あのねJ−POPとかは論外よ、と厳しく指導してやると、本人もよく判っているようで、

「平日の昼間なんかに落語とか聞きに行ったりしたいですねえ」

なかなか見どころのあることを言うので、じゃんじゃん行きなさい、末広でも、広小路でも、
会社サボって逝ってよし、伸ばせ羽根を、笑え自由に、宇宙はキミのものだ、とアドバイスしつつ、
そういえば今夜は 『タイガー&ドラゴン』 やるから早く帰って観なければなどと考えていると、

「でも、人生の落伍者にはなりたくないし」

爆笑する。
キミね、それ面白いから、そのまま高座でやりなさいと。

そこへ今晩は本腰を入れて残業するつもりのM村君とK子さんが夕飯の弁当を買って戻ってきた。
早速パソコンの前に広げられた弁当の中身をみると、M村君はリーズナブルな白身フライ弁当。
給料日前なので余計な出費は控えてみましたと本人は言う。遅くまで頑張らねばならないのだから、
多少の贅沢も赦されるはずだが、彼の思想には無駄も矛盾のカケラもない。

こうして今夜も、優秀なSE達の手によって日本経済が支えられるのだなと感心しながら、
今度はK子さんのほうの弁当を覗いてみると、K子さんは豚の生姜焼きに箸を突き立てつつ、
二つに切れそうで切れない歯がゆさに業を煮やしているところだった。M村君のとは種類が違う。
しかも生姜焼きの傍らには、これまた一際大きな白身フライが横たわっているようだ。
どういうことかね、とM村君に小声で訴えると、

「あっちのはブルジョワ弁当ですから」

爆笑する。
ブルジョワは夜中にパソコンの前で弁当なんか食べないけどね、とか言いながら皆で笑う。
弁当にブルジョワという言葉を結びつけてしまうところが、いかにもプロレタリアートである。
ため息が出るまでしばらく大笑いする。夜なのにやけに明るい。

ふと沈黙に襲われたのをきっかけに、お先に失礼します、とつぶやいて退社。

東スポ購入。ポール牧が亡くなったとの報に衝撃を受ける。
きっと人生に定められただけの指パッチンをやり尽くしてしまったせいに違いない。