インドでわしも考えたい

孫悟空三蔵法師を金斗雲に乗せることはしなかった。宙返り1つで唐から天竺までひと飛びできる能力があるのにそれはしなかった。一方で五色の雲に乗る僕僕先生は、弟子の王弁に駿馬をあてがってさっと異世界へ飛んでしまった。仏教と道教との考え方の違いだろうか。まあ、いいか。

久しぶりに定時に退社できたので、帰り途に池袋西武百貨店に立ち寄って、開催中の北海道物産展を覗いてみる気になった。池袋駅の地下からエレベータに乗るところを、なんとなくエスカレータを乗り継ぐことにしてみたりする。高級服だの貴金属だのとりすました売り場を眺め渡しながら仙人みたいに直立不動で上昇していくうちに、どうせならカニでもプリンでもビールでもイクラでも、目についたものは片端から買いまくってやろうという気分になっていたのだけれど、いざ異次元を超えて北海道に着いてみるとカニもプリンもビールもイクラもチョコレートもホッケも何だかめんどうくさい。ヒトの流れをかき分けるのも、雑多な行列にしがみつくのも、魔法の鞄から財布を出すのも、一万円札でお釣りをもらうのもあれもこれも億劫に感じられてきて、結局、何も買わずにまたエスカレータに飛び乗り、泰然とした風情で逃げ下る。もうなんというか。買ってくるぞと勇ましく誓って出たものの、気遅れしてしまって何も買わずに退却。なんとも情けない気分になる。

そういうわけで、エスカレータはじきに地階に着いたが、そのまま帰ることはせずに池袋LIBROに寄ってみる。このとき自分が何かといえば本ばかり買ってしまう理由がなんとなくわかったような気がした。特定の何かを手に入れたり、具体的などこかへ行ってみたり経験したりすることが煩わしくて、たいがいカタログで済ませてしまおうという考えなのに違いない。お経だけあれば良いや、という感覚なのだ。まあ、いいか。

どういうわけか近ごろ新刊で出たばかりの僕僕先生シリーズ続篇『薄妃の恋』の文庫版が地元の2つの書店ではいつの間にか品切れで、しかも暫く入荷予定はありませんねえと突き放されて以来途方に暮れかかっていたことを思い出し、もしかしたらこの大型書店でならそれを手に入れることができるかも知れないと広いLIBROの店内を西天取経の旅に出かけるのだ、検索端末など使わないし、店員に聞いてみたりなどしない、天竺へは金斗雲に乗らずに行くのだと、踏み出してみて行きあたった最初の棚に、『薄妃の恋』はたくさん平積みされてあった。