職場のパソコンのリースが満了を迎えたので、適当に梱包して宅配便を呼んだ。駆けつけてくれた宅配便のお姉さんは、陰陽師式神を打つときのような素早さで、胸ポケットから巻き尺を引きのばして段ボール箱の角にあてがい、テキパキと折り曲げながらタテ・ヨコ・高さの寸法を1本取りした。それから受け取り票の上にボールペンを走らせて、写しの1枚をひき破り、段ボール箱とともにさっさと去ってしまった。

手渡された控えの伝票には、数字が1つだけ書かれていた。数字1つというのが不思議。おそらく巻き尺で1本取りしたそのままの、段ボールのタテ・ヨコ・高さの総和に違いない。もしかするとこの宅配業者の価格体系は、3つの寸法の全長だけで決められているのかも知れない。スピード感があって良いなと、このときは感心しつつ、『カリオストロの城』の最後の場面などを思い出しながら、運搬用エレベータの扉を清々しい気分で見送った。

段ボール箱のような直方体の体積は、たいがいタテ×ヨコ×高さのかけ算で求められる。トラックの荷台に少しでもたくさん積みたい宅配業者としては、預かる品物の体積には十分な関心があって当然だと思うが、本当にタテ・ヨコ・高さの合計をはかるだけで料金を決めてしまって大丈夫かしら、となんとなく心配になってきた。

例えば全長が1mと決まっているとして、タテが10cm長くなれば、その分だけヨコや高さが10cm短くなることで、なんとなく掛け算の結果(=体積)は変わらないような気もするのだが、それが勘違いであることは、2×3×4(全長は9)の結果が、1×1×7(全長は9)の結果よりも大きいことですぐに分かる。おそらく宅配業者としては、タテ+ヨコ+高さの全長だけで料金を決めてしまっても後悔しないように、その全長から求め得るもっとも大きな体積を想定して、料金体系を組んでいるに違いない。

では、全長が固定された状態でもっとも体積が大きくなるのはどんなときか。いきなり段ボール箱(そういえば「突然段ボール」というバンドはどうしたか)で考えるのは大変なので、タテとヨコだけの四角形で考えてみる。もう大体の予想はつくのだけれど、いちおう計算式で明らめたい。

四角形のタテとヨコの長さの和をa、一方の辺が取り得る値をx、そのときの面積をyとすると、y=x(a−x) という2次関数が成立する。図に描くとよくわかるのだが、yが最も大きくなるのは、山型の放物線の頂点にあるときで、そのときのxは、0とaのちょうど中間点にある。要するに正方形のときなのである。不思議だ。

たぶんこんな感じで3次元の場合を想像してみれば、段ボールの体積がもっとも大きくなるのは、タテ・ヨコ・高さが同じ長さとなる”立方体”のとき、ということになりそうだ。いや、なるに違いない。だから宅急便に荷物を頼む時には、なるべく丸っこい形に梱包したほうが、元がとれるに違いない。できれば完全な球体が良いだろう(その場合はどうやって寸法をはかるのかにも注目)。

巻き尺の長さからだいたいの体積を求める、という話で、なんとなく思い浮かぶのがミイラである。包帯の長さからその人と成りを窺い知ることができそうな気がする。話は逸れてしまうが 「包帯でグルグル巻き」 と聞いて、ミイラ男あるいは透明人間を連想する人は、少なくなってきているのではないだろうか。その代り、エヴァンゲリオンを想い出す人なら結構いるかも知れない。その場合は、綾波レイ派とエヴァ初号機素体派に分かれるに違いない……というような話を職場の女性としていたら、彼女の場合は『火垂るの墓』の校庭で亡くなったお母さんが浮かんでくると言っていた。子供の頃にアニメを観て大変な衝撃を受けたらしい。よくわかる。

そういえば、これも余談だが、メリー・ポピンズが人間の器をはかる巻き尺を持っていなかったか。まあ、いいか。

器はなるべく丸い形のほうが容量が大きい。あるいは、”人間が丸い” とはそういうことか。物事への関心は広く均等であるほうがより多くのことを吸収できるかも知れない。”ケーキは別腹”の秘密もこのあたりの理屈と関係があるかも。要検討。ついでにスイカは丸いほうがやっぱりお得なのではないか。それにしても、同じ長さの紐で囲ったはずなのに、その形によって内側の広さが違ってくるとは、やはりなんとなく不思議ではある。

目の前の客の股下の長さ(推定)か。そのときの気分を血圧計の水銀柱の高さで表現してみただけだったのか。それにしてもあの宅配便のお姉さんが書きつけた数字は、本当のところは何だったのか。