近頃は ”携帯電話 持っていない” をキーワードにしてグーグルで検索してみても、あまり面白そうな記事がヒットしない。2ちゃんねるにも 「携帯電話が苦手な香具師の数→」 みたいなスレはない。今や就職したりアルバイトしたりするのに必携と聞いているから、若い人が携帯電話を持たずにいることは困難なことなのかも知れず、反対に高齢の人でインターネットに情報を公開しているような人は強い進取の気性の持ち主である可能性が高いので、そういう人ならば大概が携帯電話も持っているのに違いない。要するにインターネット上には携帯電話を持たない人の声が乗り難いのではないかと、ひとまず思う。

なぜ携帯電話を持たないのかという理由に、「必要を感じないから」 「友達なんていないから」 「お金がないから」 「煩わしいから」 「重いから」 「蒲鉾板と間違えやすいから」 「マトリックスから帰りたくないから」などがよく挙げられているが、自分としては少し理由が異なる。

何よりも、事がいまに至っては携帯電話の必要性は大いに認めている。もはや必要となることは必至なのである。利用人口が増えるにつれ、持つことよりも持たないことによる障害のほうが大きいと本格的に感じはじめている。そのうちに、連絡がつきにくいことを理由に社会的信用をあっさり失ったり、他者との信頼関係を築く機会さえ奪われたりする事態に至らないとも限らない。狂気というものが多数決で決まることを思い出せば、携帯電話を持たないという理由だけで社会不適応者の烙印を押される日がくるのもそう遠くないことなのではないかと本気で恐れ戦いている。携帯電話サービスへの加入の有無とは、畢竟、社会への参加意志の有無を問われているのである。しかも、携帯電話をひとたび持ってしまえば、もうこの問題からは完全に解放される。携帯電話を持たないことについて、こだわっているのは勿論、持っていない人だけなのである。その判断はまだ猶予されているが、まだ猶予されているだけのことに過ぎない。

追い詰められている状況を感じ取りながら、自分がなお未だに携帯電話を持たないでいるのは何故か。勇気がないからである。繋がっているという微細な安心感を得ることがむしろ怖いのである。拡散と収束とのジレンマに陥るのが怖いのである。携帯電話という新しい器官が増えることで、何か自分の器官が一つ減るのではないかと勝手に妄想してもいる。『着信アリ』 とかいうホラーがあるらしいが、どんな話か知らないけれども、とても恐ろしい話なのだろうと確信している。

先人ならどうしただろうか。寺山修司なら持っただろうか? ドストエフスキーなら持っただろうか? ブルース・リーはきっと持ったに違いない。坂本龍馬も喜んで持ち歩いたに違いない。カエサルなら最大限に活用しただろうが、キケロは嫌ったかも知れない。フーコーならどうしたか? サルトルならどうしたか? 孔子ならどうしたか? そうした困惑があって、携帯電話を持つことについては、できるだけ保留しておきたいと考えている。

携帯電話を持ってないことを告白したときの相手の反応も徐々に変わってきている。「まだ持ってないの」→「変わってるね」→「信じられない」→「迷惑だね」→「かっこいいねえ」→「ふうん」→「ごめん聞いてなかった」 と近頃は話題としても取り扱ってもらえなくなりつつある。あんな鉄の塊が飛ぶわけないよとか、ベッドは日本人には合わないとか、ウチは全員菜食主義者ですからとか、愈々そういう位置を獲得しつつある。

という感じで携帯電話を持っていない己を一生懸命擁護しつつ、定時後、H賀女史との邂逅をあたためるために池袋へ速やかに移動。少し以前に、満員の通勤電車内から窓の外に偶然彼女の姿を見つけたことをO田氏に話したところ、こういう会合が実現した次第である。待ち合わせ場所である池袋駅西口のベッカーズの前に、O田氏とともに到着したのは約束の刻限の5分前。久しく池袋西口など来ていないものだから、ベッカーズなんて本当にあるのかしら、と迷子を覚悟していたのだがあっさり見つかった。分かり易くて助かった。遅れたり、何か変更になったりした場合にはO田氏の携帯電話に連絡してもらうことにしていたが、見覚えのあるH賀女史はちゃんと約束の時刻に約束の場所に現われた。オレさまが未だに携帯電話を持っていないことも当然のことと受け止めてくれていた。

H賀女史が勧めてくれた店は残念ながら満席で入れなかったので、念のため控えておいたメモをH賀女史に渡し、池袋東口 『串政』 に携帯電話で問い合わせてもらうと、空席があるようだったので3人で東口へ移動。携帯電話は便利。Y山さんの携帯電話に居場所を報せておいて、とりあえずビールで乾杯。そのうちH賀女史の携帯電話が鳴って、迷っている、とY山さんがいうものだから簡単に道順を教えたり。携帯電話は便利。4人揃ったところで再び乾杯し、過去や未来について語り合う。勿論、携帯電話の話などしない。気が着けばいつの間にか23時を過ぎており名残を惜しみつつ解散。Y山さんは池袋で分かれた後、電車のなかで眠ってしまったらしく、不本意ながらうんと遠くの駅まで連れて行かれてしまったらしい。できれば、頃合いを見計らって電話してあげられれば良かったのだが、あいにく自分は携帯電話を持っていないのである。