妻がどのような魔法を使ったのか、入園招待券をごっそり入手したということで、義弟の大作君一家と連れ立って、西武園プールに出かける。熊谷に住む義妹もわざわざ水に浸かるためだけに遠路遥遥やってくる。いまや熱帯の名を欲しいままにする熊谷で暮らしていると、西東京あたりがノルウェーほどにも涼しく想像されるのかも知れない。妻は甥子たちに楽しく水遊びさせたいと考えているようだが、このように日本列島は記録的な猛暑が続いているというのに、政治も経済もオゾンホールもサントリーホールも分からぬ幼児相手に水遊びなどできるか、と腹を立てつつ、しかし妻の遊び相手を子供に押しつけられるという安楽な誘惑にも抗しきれず、自分は水辺の籐椅子に腰かけてピナコラーダを飲むだけとするという条件で渋々参加する。

西武池袋線の中吊りを見る限り、プールはいつもガラガラだったので、日陰でのんびりと読書でもしようと、『ロビンソンクルーソー漂流記』 など持って妻の後ろについていってみたのだが、いざ行ってみたらヒト、ヒト、ヒトの海である。ヒトノ海部屋親方に弟子入りですと心のなかでナレーションを入れてみたり、人海戦術とはつまりこのようなものではないかと思ったり、いやそれにしてもムスカ大佐がこの場に居合わせなくて良かったと胸を撫で下ろしたり。

郷に入っては郷に従うのが真の王道というべきものなので、朕も水着に着替えることに致す。アロハを脱いでみて驚愕する。藍色の染料が汗で流れ落ちて、両肩を薄青く染めておるではないか。水で洗っても落ちない。”刺青やタトゥーをした方の入場はお断りします” とあった入り口の看板の文字が脳裏に浮かぶ。入場しちゃったよ。できるだけ水で洗い流してみたが、まるで彫り込んであった絵を強引に擦り消したような様相になった。まあ、いいか。ファッションとは即ち信念である。堂々としていれば、誰もそれを疑わないはずだ。やや遅れて、家族の陣地に姿を顕すと、2人の義妹たちや2人の子供たちや1人の妻が、どうしたのかと交互に聞いてくるので、まっとうに生きることにしたとだけ伝える。

すっかり意気消沈しつつ、こんなときこそ意気揚々と胸を張って歩かねばならぬのに、なぜ子供は小さいのかと煩悶しつつ、背中をまるめて子供の手など引いて波のプール(といいながらヒトの波に押されるプール)や子供のプール(といいながらほんとうに子供のなかを泳ぐプール)などを歴訪する。やや首をもたげつつある後悔を誘って、もう本当に日陰者らしく日陰で本でも読んでいようかなどと思い始めながら、子供を抱いて階段を昇り、降ろしながらもう抱きついてくるなと念を押して、流れるプールを見たとたんに自分は飛び込んでいた。豊島園より流れが速いのではないか。豊島園より深いのではないか。後からついてくる妻たちからビーチボールを取り上げて、抱きついたままビーバーのように漂流しながら、情に棹差せば流されるという夏目漱石の言葉を思い出していた。

プールで3時間ほど遊んだ後、西武園遊園地で観覧車だのゴーカートなど乗せてから、近所の叔父の家に遊びに行く。大人はもっぱらビールを飲むというルールになっていたはずだが、甥っ子2人がルールを守ろうとしない。仕方なくウルトラセブンの最終回ごっこをやることにする。地球の平和を乱すものたちに誘い込まれながら、水中眼鏡を手にとりつつ、ふと鏡に映る己が姿を見てみれば、全身が真っ赤に焼けて、やはりウルトラセブンごっこが必然であったことを悟った。