朝9時から町内会の掃除。今回は妻が参加する予定だったのだが、着替えたり化粧したりもたもたしてやがるので、代わりにオレさまが名乗り出る。飛び出したは良いが、どこも普段から綺麗にしているので、ほとんどやることがない。「今年は雨が少ないですね」「ツツジの花が見事ね」「アジサイが2年ぶりに咲きまして」 そんな会話を交わしつつ、ああ誰しもが天候や草花の成長を気にかけつつ暮らしているのだなと慰められつつ、ほぼ同年代と思われる奥様班長の指図に従って、決死の覚悟で排水口をさらってみても枯葉一枚出てこない。これでは武功の立て様がない。参加報奨としての軍手1組を苦々しく拝受し、9時15分に解散。その後もしばらく隣に住むご隠居殿と少し立ち話などする。ゴルフ、水泳、文学講座。

町内清掃参加への気合がまだそのまま全身に漲っており、そのやり場を探して、いただいた軍手で庭の雑草引きなど敢行する。完全勝利のためにも、昨夜の雨で土壌が緩んでいるうちが勝負と思われ、『雑草なんていう草は無いんだっ!』 と矛盾心理が生み出すはずのやり場の無い憤怒と憎悪を無理矢理に増幅させつつ、にわかに大騒ぎし始めている蟻だの王蟲だののコミュニティーを容赦なく蹂躙してまわる。何の騒ぎであるか。人間です、人間が草を引いているのです。うぬぉおのれ人間め……。憤る小さくても偉大な蟲の王。しかし微小生物たちには成すすべも無く、一千一億の恨めしげな視線をオレさまの指先に集中させつつ、暗黒に閉ざされたこの地上に呪いの言葉を吐き捨てながらただ絶望するばかり。蠢く雨後の烏合の衆。

しかし奇跡が起こる。大粒の雨滴が、失いかけた太陽の輝きを内に含みつつ一筋、そしてまた一筋と、裁きの矢の如く五本足の悪魔(オレさまの手のことね)の上に注がれる。いったい何者の仕業なのか。雨の矢は次第に数と勢いを増し、やがて石を穿ち、葉を貫き、溝をはしり、激流と化し、ついには閃光と咆哮をも誘い、全ての宿業を一気に呑み込んでしまう。逃げ去っていく五本足の悪魔。救われた微小生物たち。互いの姿を探し求め、抱きあう仲間たち。蟲のなかのあるものがそこに神の意志を認め、そして宗教が生まれる。オレさまの手は永遠に邪悪な存在として語り継がれ、悪い事をすると五本足の悪魔がやってくるぞう、と生まれ来る幼虫たちは例外なく寝物語に聞かされるのである。まあ、いいか。

午後は傘を開いて歯医者へと歩き出す。だいぶ馴染んできましたと報告したら、ではもう少しだけ調整して終わりにしましょうと、まるで互いの成長を認め合いその帰結として別れることを選んだ恋人同士のような気分で、最後の治療時間を二人でゆっくり楽しむ。丁寧な仕上げにもかかわらずこの日の治療費は230円。半年に1度くらいは顔を見せてくださいね、と笑顔で手を振る私の愛した歯科医師。女性ならなお良かったのに。

再び傘を差してトボトボ帰ってくる途中で、大きな声が聞こえたので振り返ってみたら、距離にして後方30mくらい離れた所で二人の男性が激しく口論している。通行人同士のすれ違いざまのすれ違い問答と思われる。割って入る勇気はとても無いので、そのまま立ち止まって遠くから見守ることにする。自分は実際には携帯電話を持っていないが、彼等から見れば即時に警察に通報される可能性を秘めた第三者である。近距離に立っているだけでも抑止力が働くかも知れない。どうせなら他の通行人の交通整理も引き受ければよかったか。結局、口論は数分で断絶。二人はそのまま別れて、一人がこちらに向かって歩いてくるので、自分もまた前を向いて歩き始める。追いつかれた場合の振る舞いについて、ひたすら胸で算段しながら、しかし何事も無く帰宅。

再び妻を誘って、今度は近所の居酒屋に飲みに出かける。大雨が降ったせいなのか珍しく客足が少なく、開店時刻から21時頃まで貸切状態。久しぶりに店長と話し込む。最近ハマっている芋焼酎があるというので飲ませてもらった。『大地の夢』 という銘柄。28度。芋独特の甘さがやや強く香る。味わいの深い逸品。希少なので1杯で我慢。あとはいつものように 『侍士の門』 『百合』 など楽しむ。