萩原朔太郎は朔の日に生まれたからこの名がつけられたらしいとか大晦日は三十日の親分という説があるらしいとか、O西さんがくれる情報に一々食いついていたら退社時刻が遅くなってしまった。使い慣れた地下鉄の駅のホームに降りてみればただならぬ気配。列車を待つ人の数が多く、電光掲示板が消えている。闇の奥から聞こえるはずの列車の咆哮も無い。一瞬 「ヘルか」 と思ったり、思わなかったり。黄色い線の外側で、好奇心旺盛そうな中年男性が、しきりに駅長らしき人物に話しかけている。新参者の自分は、情報不足を補うために傍に立って二人の会話に耳を澄ませる。そこへ構内放送。途中駅混雑のため到着が遅れているだけだが鉄の芋虫はもう隣の駅にいるらしい。くだらぬ。これより参る列車は大変混雑しているし後続電車がすぐ続いている(ここでも重複表現が横行している!)から、無理な乗車は避けよという天の声。駅長もまた自前のマイクで同じことを繰り返す。その台詞を聞き流しながら、「皇族電車……」 と妄想の鳴門海峡に身を投げてみたり。目の前の駅長と親しく話すことをやめない男性は、駅長の仕事を邪魔しないように気遣いながら、「ところであの…(聞取不能)…はどうして奇数なんですか?」 とか質問を続ける。ああ何の話だろうか。肝心のキーワードを列車の啼き声にかき消されてしまった。駅長が笑顔をつくりながら小首で何か答える姿を見つめながら、男性はNHKのアナウンサーみたいに生き生きと頷いている。この人はたぶん列車が着いても乗らないのだろうなと想像しつつ、自分も1本やり過ごして皇族電車というものに乗ることにしようと思ったり。そのうちにまた一人、無害な市民が近づいてくる。「あれ、今日は山川さんが担当じゃないの? あれぇ?」 と顎を撫でながら半径2m以上近づかないようにしつつ駅長に話しかける。駅長が ”判らない” という雰囲気で黙って首を振る。これを契機として関係者は解散。謎が多い駅であることに本日初めて気づかされた次第。やがて問題の電車が到着。どんなに混んでおるのかと、開かれた扉の前でためらいつつ。たくさん乗っているのは確かだが、窓から手足が出ている様子は無いし、網棚の上に人が寝ている気配も無いし、座席シートにも人間が座っている様子。朝間ラッシュに比べたら、たいして混んでいるとは思われない。皇族電車にも乗ってみたい気はするが、自分もこれに乗ることにする。一緒に黒人が乗ってきて、扉が閉まると目の前に大きな背中が聳え立っている。黒い肌には原色が良く映えると黄色いジャケット姿に見惚れながら闇に向かって走る。