午後1時過ぎまで寝てしまった。よく眠った。身体も痛くないし。

妻がテレパシーの練習をしたいというので手伝うことにする。とりあえず飲み物のイメージを送ってみてと促され、「じゃあこれ」 とホットコーヒーを念じて送る。妻は 「うん」 と頷いてから、ビールね、と答えた。違うね、と教えてやると 「ああごめん、クリームソーダ?」 違う。どうやら変換がうまくいっていないようである。

流動体はイメージが壊れやすいから今度は食べ物にしてみて、と言うので早速ショートケーキを念じて送る。頭のなかでショートケーキが渦を巻いて小さくなって行き排水口に吸い込まれて消える。

「ラーメン」

妻は目を閉じて自信ありげにそう答えた。ぜんぜん違う。いったい何を根拠にそれほどの自信を抱けるのか。もう一度、今度はバナナをイメージして送ってみた。すると妻は 「チョコレートパフェ」 と答えた。つい、惜しいと呟いてしまった。チョコレートパフェにバナナは付き物である。バナナのイメージを受取った彼女がつい、チョコレートパフェを連想してしまった可能性もあり得るのだ。ショートケーキとラーメンという隔たりから比べれば、バナナという想念に対する受信確認がチョコレートパフェだというならば、それはもう明らかにバーディチャンスである(意味不明)。
「惜しい? ああごめん、チョコレートケーキだったかしら」 妻の推理は正当なものだ。前出のショートケーキというオレさまのメッセージを踏まえながら、次のチョコレートパフェという回答が ”惜しい” のだから、そこからチョコレートケーキが導出されるのは自然なことである。にもかかわらず、オレさまの頭の中の送信履歴には、一本のバナナが寂しく天井から吊るされてゆらゆら揺れている。これは、どうやら送信者側に問題がありそうだ。

 「情報が足りないみたい。匂いがする食べ物を考えてみて」
 いちいち尤もなことを言うので、その指示に従ってみる。カレーライスが思い浮かんだ。
 「考えた」
 「送った?」
 「ああ、送るの忘れてたよ」

一生懸命に念じつつ、妻の方へ顔を向けてカレーライスのイメージを送る。妻も目を閉じてそれを受け取る。そうして、何の躊躇いもなくギョーザと答えた。もちろんハズレであるが、オレさまはかなり焦っていた。彼女は事前にラーメンというヒントを与えてくれていたではないか。そのサインに応えられていないのはオレさまのほうではないか。もしかしてオレさまは試されているのか。

「今度は、こちらから送ってみるから」

妻が少し気分転換にと気を使ってくれたようである。「どう?」「何が?」「送ったけれど?」 いつの間に? ぜんぜんわからん。オレさまの頭の中は漉いたばかりの和紙のように真っ白でささくれ立ったままである。 「カレーライス」 それしか思い浮かばなかった。しかも、いま自分の口の中に広がりつつあるのはカレールーの香りではなく、ライスのほうの香りばかりである。妻が念じたものはピザだった。思いも依らないことだった。やはり無理なのである。こんな不毛なことを続けても意味はないと、妻に訴えてみたら、妻は 「そうね」 と答えて、送受信担当を入れ替えて再び実験を続けた。うーむ。オレさまの方から、カツ丼のイメージを送信する。妻は少し考えてから 「カツ丼」 と応えた。それでやっとテレパシーの練習は終わった。オレさまのやめたいという念が通じたらしい。