定時後、O西さん、Y山さん、M川女史と飲み会。さらにM川女史のお友達が二人加わる。神田の 『Golden Drop』 というワインバー。O西さんは、たとえ赤提灯の暖簾をくぐっても、ワインは置いてないかと一応は探してみるに違いないワイン党である。そのくせ、たいがいはオレさまの希望を優先して、芋焼酎やタマゴ焼きが主体の居酒屋で我慢してくれているわけであるから、たまにはワイン専門のお店へもお供させていただく。別にワインが苦手なわけではないし、出されれば悦んで飲むわけだが、オレさまの中では何かが違う飲み物なのである。まあ、あれだ。やはり葡萄酒というからには、穀類から造られる酒とは本質的に異なるものなのかも知れない。

他の3名がやや遅れるということで、先にY山さん、M川女史、オレさまの3名が店に入って飲んで待つのだが、3人が最初に注文したのは何故かドイツビールだった。周りの客は皆、ワイングラスの細い括れを優しく撫でているというのに、我々は袖をまくって無骨に盛り上がったビールの泡に齧りついた。しばしの別れを惜しみつつ……ていうか、複雑そうなワインリストを的確にどうにかする自信も無かったのである。

やがてO西さんが現われ、ほっと胸を撫で下ろし、さらにM川女史のお友達の二人(Riko女史とAkemi女史)も現われて、自己紹介しつつ乾杯した後には、いよいよワインなど本格的に飲み始める。こは我が血なり。付け出しでパンも出てくる。こは我が体なり。生ハムのサラダなんかも出てくる。こも我が体なり。Riko女史とAkemi女史はフラメンコを習っているらしい。そう聞いたオレさまはビビビとくるものがあって、名前が思い出せないけれども男性で印象的なフラメンコダンサーをテレビで観たことがあると一生懸命に名前を思い出そうとしてみると、Riko女史が 「アントニオ・ガデスじゃない?」 とフォローしてくれたので、それだ、と納得する。ところが実は、後で帰宅してからネットで調べてみたら、それはエンリケ・エル・コホという人だった。オレさまが見た映像の中のその人はすでに老齢で、目や耳が悪そうで足も不自由だったのだが、場末のホールで見せた彼の緩慢なフラメンコにオレさまは大衝撃を受けたのである。それからしばらくの間は 「フラメンコとは何か」 を考えずにはおれなかったくらいだ。本来はそこで踊るべきだったのかも知れない。

というわけで、その場はアントニオ・ガデスという名前にすっかり得心したオレさまは、すっかり打ち解けた気分で、「フラといえばフラダンスも良いね」 などと言ってみたりした。決して思いつきなどで言ったのではなくて、本当にそう思っているのだが、やってみれば良いのに、と女性陣に促されて照れ笑いする。本当に口先ばかりのTomFooLである。臆せずに踊ってみれば良いのだ。フラメンコにフラダンス、フラフープにフライフィッシング、フライトシミュレータにフラッシュゲーム、フラ・アンジエリコにフランキー堺……。

一昨日も一緒に飲んだM川女史であるが、この頃は競馬の話しかしない。なにしろ昨年度はロジックでG1を制覇しているからな。自慢したくて仕方がないのである。最近はロジックの名前を呼ぶときには遠い目をするようにさえなった。うーむ。話に聞くと、Riko女史も、Akemi女史も、滅多に馬券は買わないが競馬場には言った事があるらしい。「3年くらい前のアリマキネン?とか」 とRiko女史が言えばすかさず我々の出番である。……3年前の有馬記念……3年前の有馬記念……3年前の有馬記念ほらY山さん3年前の有馬記念。えーと去年は何だっけ。去年じゃなくて3年前ですよ。えーとシンボリクリスエスとかじゃない? 「そんな名前じゃなかった」 ほら違いますよ3年前ですよ。違ったか昔はすぐに出てきたのだけれどなあ。テイエムオペラオーはどうですか。古すぎるよ。「なんか日本語っぽくなかった」 ああ、あれだ……ゼンノ。ああ、ゼンノ! 「それ、それ!」……ゼンノ……ロブロイね!

そんな風にして赤ワインを数本空けたのち、夜が遅くなりすぎないうちに解散。Y山さんとオレさまは、池袋まで同じ山手線に乗って帰る。2つ並んで空いた座席を見つけたので座ってみたら、Y山さんはたちまち眠ってしまった。さて池袋駅に着いたら起こしてやろうか寝かせておこうか、オレさまはしばらく隣でニヤニヤしながら悩んでいた。