昨夜は、ハン尚宮の大ピンチだった。
水剌間の最高尚宮に任命されながら、女官たちの抵抗にあって呆然と雨の中に
立ち尽くす彼女を見て、オレさまもどうしようかと思った。

そのうえ母のように慕っていたチョン尚宮まで亡くなってしまって、食事も摂らず、
投げやりな態度でチャングムに接する彼女の様子に、オレさまはブラウン管の手前側で
おろおろと途方に暮れるばかりだった。

それなのに最期には、あの内省するような、少し眉根を寄せて視線を落とした表情で、
思いもよらぬ決意を新たにしてみせる。そういうときの彼女は、地上の何よりも気高く
美しいとオレさまは思わずにいられないのである。

目が覚めてからしばらくの間、そのような賛辞を頭の中で反芻しながら、
もたもたと身支度をして妻とともに家を出る。天気が良いので、妻の提案で井の頭公園
あたりにお花見に行こうというのだが、果たして、井の頭でいいのかしら?
などと思ったりしながらバスに乗せられる。

バスに乗って10分もたたぬうちに、妻が 「酔った」 というのでバスを降りる。
見慣れない地上に降り立ったオレたちは、そこから歩いて吉祥寺を目指す事にした。
天気が良かったからな。知らない街を歩いてみたい、どこか遠くへ行きたい、
そんな風に寂れてみても、ありふれた住宅街を歩くのはやはり退屈なばかりだった。

延々と、延々と歩いて、吉祥寺の駅前まで辿り着くのに2時間ちかくかかった。
妻もオレさまもへとへとだったが、井の頭公園まではなんとか歩き通した。

公園の入り口で、稲荷寿司と串揚げを買い、さらに売店でワンカップと缶ビールを買って、
池の方へ降りていくと、これがものすごい人だかりである。人間と人間の間に桜の花が
見え隠れしているような状態。

とりあえず、人の少な目なほうへ歩いていって、池の端のベンチに腰かけて乾杯する。
どこかの小僧どもが2人組でフォークギターなど弾きながら歌っている。
風にとまど〜う弱気なぼく〜♪ 『TSUNAMI』 であることは明白なのだが、
どことなく遠慮がちで、つなみというよりは ”さざなみ” のようだった。

ワンカップは5分で無くなった。代わりの酒を買いに行くのが億劫だったので、
しばらく池のなかの鯉の背中を眺めていたら、だんだん引き込まれそうな気がして
きたので、ようよう立ち上がって、妻の缶ビールを飲み干し、公園を後にする。
もっと本気で花見がしたい。