会社を休んでディズニーランドへ行く。
買っておいた前売りチケットは、ディズニーシーのそれだったのだが、
舞浜駅へ着いたら気が変わってしまったので、入場窓口に相談して変えてもらった。
そういうわけで、ディズニーシーへはまだ行ったことがない。

とりあえず非常に寒かった。
妻の荷物を持ってやりながら、失いつつある指先の感覚を呼び覚ましつつ、
こんな寒い日にこんな所へ来てしまうのも如何なものだったかと、
脳裏に降り積もる不安の雪を小さなスコップでせっせとかき出していると、
マフラー出して〜。とか。ハンカチ出して〜。とか。オレはドラえもんかと憤りつつ、
しかしミッキー精神に則って家族サービスに徹しようとまず誓ったのである。

ふと気がつけば、いつの頃からか二人とも速い乗り物が苦手になっていたので、
園内でどのように過ごすかということが必ず問題になるはずだったのだが、
入場してみればそんなことはまるきり杞憂に過ぎなかった。

11時頃に入場して、とりあえず空腹だったのでハンバーガーを食べた。
そのうちにパレードがやってきて、先頭のミニーマウスが大統領夫人のような
影響力でもって広場を制圧し始めた。なにしろ彼女はここのナンバー2である。

禁忌に触れることなので大きな声では言えないのだが、
オレさまは密かにミッキーマウスやミニーマウスの中の人を尊敬している。
この2人は間違いなく、ディズニーリゾートというサービスのプロフェッショナル集団の
最高峰に立っているのだ。ついでに、じつはピノキオの中の人のことも尊敬している。
たぶんピノキオの中の人は、次のミッキーやミニーの中の人の候補者に違いないと
オレさまは読んでいる。そして確かに、彼らの振る舞いは他を遥かに凌いでいる。

やがてパレードの後半に姿を現したミッキーマウスの、そのサービス精神の金字塔への
畏敬の想いから、妻とは違った意味で目を潤ませつつ、パレードをじいーっと見送る。
このあと、もう一度同じパレードがあったのだが、オレさまはそのときもずっと熱い視線を
ミッキーとミニーに送り続けたのである。危うく両手を合わせてしまいそうになった。

11時過ぎのパレードが済んで、まずは、妻の手を引いてウェスタンリバー鉄道に乗った。
いろいろな人が列車に向かって手を振ってくるのに応えられない自分を恥ずかしく思う。
妻は積極的に手を振りながら拾ってきた子犬のように落ち着かなかったが、
やがて列車の旅の終わり近くになると意外な局面が待ち受けており、今度は他所の町から
転入してきた幼稚園児のようにしばらく硬直していた。そこで何があったかのかは、
決して語ってはならぬと車掌さんの声が言っていたので、ここでは明かさないでおく。

さて、それからどうしようかと思っていたら、何だか抽選をやっているということ
だったので、そちらへ行ってみて、言われるままに抽選に応募したら当たってしまった。
赤いチケットを2枚もらう。おいおい。JRAより親切だな。何かは知らぬが、こんなもの
よりもっと他に当たって欲しいものがいくらもあるので、当たった券は2枚とも
その辺にいたカップルにくれてやる。妻には、舞浜商店街の福引券だったと伝えておく。

それから、またウェスタンランドにもどって、筏に乗ってアメリカ河を渡り、
トムソーヤ島を探検した。上陸後すぐにインジャンジョーの洞窟を発見し、初めてだったので、
ふらりと入ってみたら思ったよりも深くて、最後には不安と焦燥に襲われかけながら二人で
逃げるように抜け出した。太陽がとても眩しくて暖かかった。
つり橋とたる橋では、妻がやたらに飛び跳ねるので、よその子供に 「揺らさないで〜」
と懇願されてしまった。妻は聞こえないふりをしたが、そのときだけ暴れるのを止めた。

キャッスルロックの岩の窪みに二人で腰かけて、そこでしばらく日向ぼっこをした。
寒いけれども、とても良い天気なのである。”抜けるように” とはよくいった青空だ。
砦の中にある店でパンを買って、インディアン・キャンプのベンチに腰かけて食べ始めたら、
じわじわと3羽の野ガモに襲撃された。悪役というのはたいがい3人組と決まっている。
向こうからすれば、こちらがカモに見えたのだろうが、オレさまがほおばっているのが、
チキンサンドだということが判っておらぬようだった。愚か者どもめ。

再び筏に乗って本土へ引き揚げてくると、すぐにカントリーベアシアターに入った。
オレさまは、ディズニーランドへ来ると必ずこのアトラクションに寄ることにしている。
実はここにも、オレさまが尊敬する人がいるのである。「手拍子を促すお姉さん」 だ。

歴代の彼女たちは、ミュージックが始まるとたった一人で手拍子を始める。
その手拍子がもの凄く上手なのである。彼女の手から紡ぎ出される、天に抜けるような
清清しい手拍子が、逃げ場を失って館内を巡りだせば、誰だって心を動かされないでは
いられない。まさに神の手である。今日はショーも特別にクリスマスバージョンで、
素敵な手拍子がますます華やいで聴こえたのだった。

手拍子の余韻に浸りながら、ウェスタンランドを離れ、次にゴーカートに乗った。
本当は、魅惑のチキルームに行く予定だったのだが、日の落ちる速度が気になったので、
とりあえず先にゴーカートに乗ることにした。カーチェイス男のロマンである。
オレさまがハンドルとブレーキを担当する。妻は隣で行きたい場所を唱える役目だ。
修学旅行のクソガキどもに左右を挟まれたりもしたが、オレさま得意の多角形コーナーリング
で難なく振り切ってやった。今度生まれ変わったらカーレーサーになることにした。

そうこうしているうちに、日が暮れてしまったのである。
ところどころでコーヒーを飲んだり、紅茶を飲んだり、ココアを飲んだり、
コーンスープを飲んだり、キリンレモンを飲んだり、ピザを食べたり、パンを食べたり、
チュロスを食べたり、ポップコーンを我慢したり、お土産屋を冷やかしたりしたものだから、
あっという間に時間などは過ぎ去ってしまったのだった。このうえ、寒さのなかを何十分も
順番待ちに並んだりする余裕など、もともとあろうはずがなかったのである。

夜のパレードを観るかどうかでずいぶん悩みながら、
互いに凍える手を繋いで、ディズニーランドのなかを3周くらい歩いた。
やがて薄暗い夕闇の天に、白銀の満月が浮かんだので、その月を観ながら帰ってきた。