午前6時30分45秒、ベッドから落ちた。
このハードでエキサイティングな墜落体験は確か人生で2度目だったはずだ。

早起きをして、さっと出かけるつもりだったが、ベットからの大気圏突入実験を
予定外に行ってしまったせいで、体力と精神力を著しく消耗してしまったため、
再度の休息を必要とした。

そういうわけで1馬身半の出遅れ。それなりの時刻に起床し、身支度をして、
午前中のうちに歯医者へ行った。ここは先週診てもらった歯医者ではなく、
引っ越してくる前に通っていた、馴染みの歯医者である。いわゆる、セカンド・
オピニオンをとることにしたのである。

「できれば抜きたくない」

凄腕の剣客が、殺気立つ三下集団を相手に向かってつぶやく、慈悲に見せかけた
脅しのような殺し文句が、その馴染みの歯科医の老先生の口から漏れた。
親兄弟のいるものは速やかにこの場を立ち去るが良い、あたら命を粗末にするもの
ではない、てな感じ。もう帰ろうかと思ったな。

とにかく問題の親知らずの、傑出した部位を削ることで様子を見ることになった。
ビン底眼鏡の先生が、ドリルを携えてガリガリやろうというのだから、小学生が
私立中学でも受験するのかと勘違いしてしまいたくなるところだが、なにしろ
当事者はオレさまで、スタンリー・キューブリックの 『時計仕掛けのオレンジ』
に出てくるアレックス君がとうとう洗脳台に縛り付けられたときのように、
オレさまも診察台の上で目をむいて想像上の痛みに怯えていたのが実態である。

ちょっと削っては肩で息をする先生。
口をゆすいではしぶしぶ奥歯を差し出すオレさま。
歯科治療は真剣勝負である。

削り終わってみたら意外と調子が良い。さて帰ろうかと思ったら、ついでに前歯に
虫歯があるとかで、成り行きで追加の治療が始まってしまった。むしろこちらの
ほうが、親知らず治療の何倍も時間がかかった。何しろ歯茎に2本も麻酔を打たれ
たからな。これにはシビレたな。

しばらく上唇の感覚を失ったまま、約1時間後に全ての治療がすっかり終わって、
歯科医院を追い出された。外は陽射しが強くて蒸し暑いし、お腹は空いているし、
どうして良いのかわからないので、とにかく電車に乗って池袋に出る。

ビックカメラへ行ってさんざんパソコンをいじりまわした挙句にポイント残高と
ポイント有効期限を確認して何も買わず、地下のLIBROでさんざん立ち読み
した挙句に新書を2冊買って帰ってくる。日が暮れるころに帰宅。

上唇の感覚が戻ったのを確認してから、スポーツクラブへ行って運動する。
帰宅して、食事をしながらビールを飲んだら、ちょっとだけ治療した歯が痛んだ。
もしも抜歯していたら、スポーツクラブもビールもおあずけだったろう。