朝6時起床。『スーパー競馬』を録画予約してから家を出る。
9時30分頃、鎌倉駅に到着。とりあえず小町通を歩いて、ミカドコーヒーでホットを注文する。
朝方は寒かったが、少し暖かくなってきたので上着を脱ぎ、コーヒーをすすりながら時間調整の読書。
10時過ぎに公衆電話を探し、妻に義妹のケータイに連絡させ、その5分後には、
鶴ヶ岡八幡宮の境内で義妹夫婦と合流する。

とにかく参詣。
二拝二拍手してから念ずることは、一に健康、二に健康、産死がなくて後に健康である。
祈願後すぐに、お御籤を引いてみる。何度も引いているので四十八番が大吉であることを知って
いるのだが巫女に嘘はつけないので二十六番と正直に伝えると、「吉」 と書かれた紙切れが返された。
昨日引いたときには 「凶」 だったが、わずかの時間に改善されている。正直な姿勢が吉を呼んだか。
妻も 「吉」、義妹も、ヒロ君も 「吉」 だった。さては 「吉」 以外は売り切れか。

願望:二つ目の方は暫らく待ちなさい

……さて何のことか。しばらく考えてみるが分からない。
一番最初の願いは健康であるが、二番目は何だろう。巨万の富か。世界征服か。王道楽土か。
夕飯の回転寿司か。新しいGパンか。ローゼンクロイツか。

とりあえず、ヒロ君の希望があって、江ノ電に乗ることにする。易きことなれば。
鎌倉駅までもどってみると、想像に反して、江ノ電の切符売り場は、ゴールデンウィークを国内の
近場で過ごさねばならぬ不満を胸に滾らせた家族連れ観光客やナイスミドル観光客でごった返していた。
妻を代表に命じて切符を買いに並ばせ、艱難辛苦の末に大混雑の江ノ電に乗り込む。

さあて降りるときにはどうしてくれようかと思案していたら、なんのことはない、
たくさんの人がオレたちと同じように3つ目の長谷駅で降りた。
ということは長谷寺高徳院も同じように混んでいるということか。あらあら。

舎利子見よ空即是色花ざかり、長谷寺の庭は芍薬だの躑躅だの大手毬だの藤だの紫蘭だの、
小さな池には真白な海芋だの、とても華やかに咲き乱れて美しかった。
たくさんの人が、花を愛でたり、写真を撮ったり、写経に参加しようと順番を待っていたりしていた。
ぼちぼち石階段を上り、阿弥陀堂を拝しつつ 「弥陀の悲願」 ということについて妻に解説したりする。

観音堂では、ちと思うところがあって、300円のロウソクを1本だけ奉納させてもらった。
その有り難い炎の前で手を合わせ、必死で願をかけていたら、後から妻に声をかけられた。

「そなたの名で健康祈願のロウソクを奉納させていただきましたよ」

うーむ。妻のくせにつまらぬことを。
不覚にも涙こぼれそうになるのを堪えつつ、彼女の手を取り、苦労をかけると頭を下げる。
こちらは妻のことなどすっかり気にかけるのを忘れてしまっていた。情けないです。

約十年前に訪れたときに比べ、見晴台の近辺は改装されて綺麗になっていた。
そこからの眺めもやや違って見るような気がする。オレさまの心も十年の間に改装されている。
穏やかな海を眺めながら一句ひねる。

  はなぐもり人それぞれの観音堂     折様

「はなぐもり」 という季語は本来は4月の初め頃に使うものらしいから、
やや季節ハズレだったかも知れないが、オレさま的にはぴったりくるので良しとする。

長谷寺を出て、左右に並んでいる土産物屋を冷やかす。
フィギュアとプロレスに目がないヒロ君に、どこかのお寺の仁王像にアントニオ猪木
身体をモデルにしたものがあるらしいことを教えてやると、彼は眼光鋭く足早に店の奥に消えていった。
妻と義妹もそれに続く。オレさまは、なんとなく江ノ電絵ハガキを1枚買った。80円もした。

店の軒先にオウムだかフクロウだかのおもちゃが吊るしてあって、その周りに子供達が集まっている。
その玩具は、羽根を休めているときに何かを話し掛けてやると、やがて羽ばたきながらその言葉を2回復唱する。
近頃の子供というのは行儀が良くて、その危険な玩具に対して、コンニチハ、とか、カワイイネ、
などと話しかけて、オウムがそれを鸚鵡返しに繰り返すのを純粋に喜んでいるわけだが、
オレさまがガキの頃などは、馬鹿、阿呆、間抜、などの罵倒用語に加えて放送禁止用語なども交えつつ、
生きた九官鳥に厳しく伝授することを日課としたりしていたわけで、小鳥屋のオヤジにはしょっちゅう
怒鳴られていたような気がする。

妻たちが買い物を済ませて店から出てきたので、こちらのほうへ手招きすると、
あっ、と義妹が玩具に飛びついて 「ちょうきち」 と呼んだ。おいおい。
それはヒロ君のお父上のご尊名ではないか。つまり貴女にとっても大切なお父さんのお名前ですよ。

チョーキチ
チョーキチ

オウムの玩具が、羽根をはばたかせた。
せっかくオレさまが 「大外からローゼンクロイツ!」 とか面白いことを吹き込んで、
みんなを吃驚させてやろうと思っていたのに、義妹のヤツめ、余計なことをしやがって。
不機嫌になったので、その場を立ち去ろうとすると、義妹がそれと察して、
「あ、ほらほら、いまのうちだから喋りなよ」 と調子の良いことを言いやがる。

ホラホラ、イマノウチダカラ、シャベリナヨ
ホラホラ、イマノウチダカラ、シャベリナヨ

玩具まで馬鹿にしやがって。

空腹を覚えたので、大仏のある高徳院へは行かず、長谷駅周辺で昼食を摂ることにする。
義妹のたっての希望で、豆腐料理の 『鎌倉白朋』 という店に入る。
三品料理、五品料理、七品料理の3つのメニューしかない。
庶民なので、中庸を行くことにして、五品料理というのを4つ注文した。

昼食後には、鎌倉文学館に行く。ここも5年ぶり。
それとは知らずに訪れたのだが、夏目漱石の特別展が開催されていた。
漱石といっても、『猫』 と 『三四郎』『それから』 と 『夢十夜』 くらいしか読んでいないので、
オレさまとしてはあまり嬉しくもなかったのであるが、じつは漱石朝日新聞入社後、大正元年
第6回文展評を朝日新聞紙上に寄稿しており、朦朧体を脱却したばかりの横山大観の 『瀟湘八景』
を高く評価しつつ大観が矛盾の画家であることを鋭く見抜いていたという逸話があったりして、
強いて言えばマイブームにヒットしたとでもいうべきか、それなりに注意深く見学させてもらった。
まあ、漱石ももう少し読んでみようかな、という気分にはさせられた。とくに、『草枕』 あたりは、
一刻も早く読まねばならぬ気がしてきた。

常設展のほうは相変わらずで、文豪達の直筆の原稿用紙を眺めながらカッカしたりニヤニヤしたりする。
ちなみに、この建物(旧前田侯爵邸)が、三島由紀夫の 『春の雪』 に出てくる海辺の別荘のモデルに
なっているということだが、5年前に来たときには丁度 ”豊饒の海”シリーズ を読んでいる時期だった
にもかかわらず、当時はそのことにはまったく気づかなかった。
(帰宅後に調べてみたが、確かに第三十一章あたりに、その外観が描写されている)

鎌倉文学館を出て、少し引き返すようにして 「長谷鎌倉 ミニチュア工芸館」 に寄る。
これはヒロ君のたっての希望だった。オレさまも非常に興味をそそられた。
食玩や、ミニチュアなども売ってはいるのだが、メインは博物館である。
入館料は300円。通り沿いにある小さな店なので見逃しやすい。

西洋のドールハウスや、江戸や近代の雛道具がたくさん集められているのだが、
なかに、場違いな人形芝居の舞台が、大きな人形と一緒に飾られていた。
館長によると、5月3日の 『開運!なんでも鑑定団』 に出品する予定らしい。
歴史的資料としての価値から500万円くらいはするシロモノとみた!

少し疲れたので、長谷駅前の 『般若坊』 とかいう甘味屋に入り、
「桜」 と名づけられた、抹茶とクリームあんみつのセットを食べる。
ちょっと高かったけれども、とても美味しかった。なかなか風情のあるレシートだったので、
勘定の際に未使用のものを一枚もらって帰る。

江ノ電長谷駅の踏切を踏み越えて海に出る。
相変わらずゴミ打ち際のような浜辺である。掃除したくなる衝動を押さえながら歩く。
波は穏やかだったが、波の喪裾が紫色に染まっていた。海藻が繁茂している様子であるが、
念のため妻には、水に入るなと注意しておく。少し肌寒くなってきたので上着を着るようにも
言ったが、彼女は寒くないと言って嫌がった。こいつは海を見るとハイテンションになる。
すでに午後3時を回っていて、太陽は薄い雲の膜の向こうで滲んでいた。

砂浜を歩いたのち、若宮大路に出て、再び鶴ヶ岡八幡宮を目指す。
いつもより歩いた距離は少ないように思うのだが、早起きをしたせいか疲労を感じる。
しかし、背後で手をつないで楽しそうに歩いている新婚夫婦に、それと察しられるのが悔しいので、
ことさらに足取り軽く歩いてみせる。
いつもはもっと歩くのだが、今日は初心者に合わせてやっているのだからな。

小町通りまで戻ったところで、それぞれにお土産を買うために別行動を提案する。
30分後の再会を約して一時解散。オレさまは古書 『芸林荘』 へ向かう。
主に能楽関係の評論集か、さもなくば謡曲の録音テープか、あるいは院展派の画集か、
そうしたものが欲しかったのだが、どれも思ったより値がはって腰がくだけてしまった。
謡曲のテープのなかに 『百萬』 を見つけたのだが、2500円もするとはどういうことか。
何とか500円に負からないかと、よほど店主に相談を持ちかけてみようかとも思ったが、
相場が判らないのであきらめることにした。久保田万太郎の著書もたくさんあったりしたから、
ちょっと悔しいので、集合時刻まで立ち読みしてやった。

すでに夕方5時を過ぎていたが、職場のK藤女史に薦められていた 『ミルクホール』 とかいう
茶店に行ってみたかったので、皆を説得して訪ねてみると、期待に反して満席である。
電車の時間などの関係もあったので、仕方なく鎌倉駅前の 『銀のすず』 に入る。
ヒロ君はそこで900円のクリームソーダを飲んだ。

18時前に鎌倉を離れ、北関東に帰る義妹夫婦とは、品川駅で別れた。
オレたち夫婦は山手線で池袋までもどり、さらにそのまま電車を乗り継ぎ地元まで戻って、
いつもの回転寿司屋で夕食。コレステロールを気にしなければならない身なのに、
またイカばかり食べてしまった。それもイカがなものかと。

夜9時に帰宅して、録画しておいた 『スーパー競馬』 を再生して観る。
主に天皇賞の結果が気になっていたわけだが、先に東京のスイートピーSが発走となる。
ここにはライラプスアンブロワーズが出走していることを思い出し、
慌てて正座し直して、眉間に精神を集中し、画面中央に向かって念力を送ってみたが、
どうもライラプスには通じなかった。こいつは府中になると馬が変わるのだ。