またまたH賀ちゃんの送別会。何度でもやる。銀座5丁目の 『福みみ』。
JRで有楽町まで移動し、M村君と二人で雨に濡れないように銀座の地下街を彷徨った挙句、
ようよう目的地付近に辿り付いて地上に這い上がってみると、雨はまだ冷たく悲しげに降っていた。
この世界は、オレさまの心の投影機であるか。

店のほうへ歩いていくと、まさに傘をたたまんとするY成君の姿を発見した。
彼もこちらの様子に気がついたようで、遠目に相手を見極めようとしているようだがあまり反応が良くない。
やはり眼球が二つしかない種族は不便そうだねとM村君と話しながら、声をかけて3人仲良く店に入る。

N藤女史とO谷夫人がすでに着座して待っていた。
主賓のH賀ちゃんは少し遅れるという連絡を受けているので、ひとまず乾杯の練習を始めることにする。

もともとは、O西さんと、K村さんと、オレさまの3人でH賀ちゃんを送る 「大人の送別会」 という
企画でスタートした宴席だったのだが、自然発生的に人数が集まってきたことで当初の大人度が薄まり、
さらにO西さんとK村さんが諸事情で出席できなくなったことで、まるで海水を蒸発させて塩を精製するように、
はからずも、N藤女史、O谷夫人、Y成君という最強メンバーを抽出してしまったわけである。
気がつけば会の印象はすっかり 「こどもかい」 に変貌してしまっているではないか。

Y成君はやや勢いよく腰を下ろすと、そのままテーブルに顔をうずめたり、また顔を上げたりして、
いつもよりもさらに落ち着かない様子であった。つらいことでもあったのか。桜花賞で嫌なことでもあったか。
宴会が始まっても料理には一切手をつけず、もの凄い勢いでビールを2杯あけたかと思うと、
自分から立ち上がって通路まで歩いていって店員に芋焼酎の水割りを注文し、
それをがぶがぶ飲みはじめてからは、焼酎のお代わりと、自然の呼び声に応えるために席を立つ以外、
テーブルに顔をうずめるか、ときどき会話に参加して、またテーブルに顔をうずめている。面白い。
なにか相談したいことはないかなー、と話しかけてみると、

「じつは最近、お酒が弱くなったんですよ」

と答えたので、しばらく放っておくことにする。

少し遅れて登場してきたH賀ちゃんは、以前と変わりない様子だった。まだ1ヶ月も経ってないからな。
しかしこうしながらも、我々を取巻いている磁場は、我々に判らない程度にも徐々にも変化しつつあるのだ。
そうして、少しずつ、少しずつ、お互いに面影を薄めていくのだろうな。
良いことを思いついた。これからも送別会をし続ければ良いのだ。

となりのY成君のペースにすっかりハマってしまって、気がつけばオレさまもかなり酔っていた。
深酒をして記憶が吹き飛んでしまわないうちにお開きにした。22時半頃だったと思う。
皆と別れて、銀座から丸ノ内線に乗ったのだが、はっとして目が覚めたときには東京駅だった。
わずか1駅の間に人生一回分を夢観たような感じがした。体感時計が遅れている。ローレンツ変換か。
それから家に着くまでの間に、百億の昼と千億の夜を数えなければならなかった。