たしか古谷実グリーンヒル』の中で、人類最大にして最強の敵は”めんどくさい”だと誰か(たぶんリーダー)が語る場面があったはずである。文明とは秩序の始まりとともに芽生え秩序によって育まれるものであり、ともすれば増大しがちなエントロピーの制御をタスクレベルで放棄させる”めんどくさい”とは、確かに人類史上の最大の敵に違いない。
ようやく足を向ける気になった理髪店の椅子に背をあずけ、暴れ髪をしぶしぶ秩序の番人に委ねながら、じっとそのことについて考えていた。若いうちでもこの”めんどくさい”にうち勝つことは容易でないが、老いることによってこの”めんどくさい”との調停は急速に進むのではないだろうか。老父母ばかりでなく、自分自身を振り返ってさえ思い当たることがいくつもある。単なる心構えだけでは”めんどくさい”とは闘えない。健康な身体の援護が欠かせないのである。老子が本当に老いた人であったならば「無為自然」を唱えることも自然な成り行きだったのかも知れない。
古代ローマ人は平素から髪を短く刈り髭もきれいに剃っていたそうだ。そうしてガリア人のような長髪髭面を野蛮な風習と見下したらしい。たしかに言葉の意味のとおりの野蛮には違いないが、自分勝手に作り上げた習慣やルールをもって、それを維持することが文化だ文明だと他者に押しつける行為も野蛮ではないか。ガリア人の側から断髪の習慣を野蛮な風俗と見下すこともできたのだ。ウェルキンゲトリクス万歳。まあ、いいか。しかし、あれだな。そのローマもやがては老いて、ヨーロッパは長髪文化に呑みこまれてしまったのだった。古代ローマ帝国も”めんどくさい”の前に剣を投げたのである。”めんどくさい”恐るべし。
仕上げに何かつけますかと聞かれたので、いつものように遠慮して理髪店を出る。理髪店主に薦められた『MOONLIGHT MILE』の1巻を貸本屋で借りてみる。書店にも寄って文庫を1冊購入。『ハッピーフライト』がテレビで放映されていたのでついまた観てしまった。