部署名が変わってしまってもう使えなくなった名刺の束を手に取り、名前が書かれた面を下にしてシャッフルしてから、
「一枚引いてください」
とO田女史が言うので、しぶしぶ一枚引いて、彼女に見られないように裏面を覗くと、確かに彼女の所属と氏名が書かれてある。
「ではここに戻してください」
と促されるままに、引いた一枚を彼女の手の束の上に返す。O田女史は再びその名刺の束を軽快にシャッフルしてから、手の中の束にむかって指をパチンと鳴らし、それからゆっくりと一番上の一枚をめくってみせた。
「さっき引いたのはこれですね」
と自信に満ちた表情で確認を促すので、まあ、そうです、と答える。このやりとりに2回付き合わされた。
そんな感じで23時頃まで残業して、さて帰ろうとしたら外は集中豪雨である。本宮ひろ志のアシスタントでもこれほど激しい集中線は引けないかも知れないぞと感心しながら、通常の3倍の速度で歩く少佐を見守りつつ、折りたたみ傘の存在意義を疑うO田女史を宥めつつ、挫けそうな雨傘を叱咤激励しながら駅まで歩き総武線に乗る。アスファルトを穿つ雨の勢いに、屋根が落ちるかトンネルが崩れるか線路がひび割れるかと不安を抱いたまま、地下鉄など乗り継いで池袋まで戻ってきてみれば、もう雨は降っていない。さらに地元駅付近には雨が降った形跡すらない。どうなっておるのか。眠いし、電車の冷房で傘も乾いてしまったし、雨? なんのこと? と玄関で妻に聞き返されても、もうそれ以上説明する気にはなれなかった。