とても良い天気。午前中は来客。陽射しを浴びながら世間話などする。午後からは妻を伴って外出。川沿いに電車の駅1つ分ほどの範囲を散歩する。何かものを考えるとき、人それぞれにスタイルというのがあって、たいがい「読む」「書く」「話す」「描く」「歩く」の5パタンのどれかに当て嵌まるらしい。自分の場合は、断然 「歩く」 である。いろいろアイデアが欲しいときや考えを整理したいときは、歩くのが一番だと思っている。歩いているうちに家出を思いついてそのまま迷子になったこともあるわけで、自分にとって歩くという行為はアヴァンギャルドなパフォーマンスの導入部ともなり得るデンジャラスかつエキサイティングなイベントなのである。

その一方で妻はいつでも話したいことが沢山あるようで、妻は歩きながら身の回りのことを片端から喋りつくすし、自分はそれを8割引で聞き流しつつ世界征服を企むという次第で、度々相槌の内容が食い違うためよく喧嘩にもなるのだが、20対80の法則というのもあながち的外れな理論ではないわけで、まあ、いいか。そういうことをもう何年も繰り返し続けてきて、近頃はやっとお互いに気遣い合うようにもなりつつあったりする。

見知らぬ道を歩いているうちに図書館を発見。知らない人々が書籍を物色しているなかに紛れ込んでみる。VTRの在庫が豊富であることを確認。要チェックやとメモに書き記す。さらに歩くと市民体育館を発見。知らない人々が電解質飲料を飲んだりしているなかに紛れ込んでみる。入館料が450円であることを確認。戦略的撤退を余儀なくされる。妻が約1名、空腹を訴えるため駅前の蕎麦屋に潜入。カレー南蛮を注文する。蕎麦屋でカレー南蛮(ソバ)を注文するのは邪道である。けれどもカレー南蛮(ソバ)のことがどうしても嫌いになれないのだ。去り行く店員の背中に言い訳をし続ける。

ソバが来るのを待つあいだ、しばらく夫婦で世間話などしていると、脳梗塞にでもあったのか左半身の不自由なご老人が入ってきて、座らぬうちに天ぷらそばを注文した。数年ぶりに来たんだよ、と店員に話しかけながら、やがて運ばれてきた天ぷらそばをすすり始める。食事を終えた妻は、優雅にお茶のお代わりなど店員に頼んだりする。やがて箸を置いた老人は矢庭に立ちあがる。会計を済ませて釣銭とサービス券を受取りながら、これまだ使えるのかい、ウチにこんなにあるんだよ、と言って不自由でないほうの人差し指と親指でコの字を作ってみせる。それからまた杖を手にとって、ゆっくりと店を出て行った。自分たちもその後に続いてゆっくりと店を出たが、すでに老人の姿はなかった。