朝から天気予報に脅かされていたので、雨が降らぬうちに帰らねばと、
急いで会社を出たのに降らない。ばかにしやがって。

妻は友達と夕食を楽しみに出かけているので、今夜は夕食の時間を一人で過ごさねばならぬ。
帰り道でコンビニに寄って、カップ麺とお握りなど買ってみる。
いつもは高級なものばかり頂いておりますから、庶民の食生活に大変に興味がございまして。
とはいうものの、実は空腹な状態でジャズを聴くと気持ちが良いので、夕食の前に音楽鑑賞
などゆっくり楽しみたいと思っていた。夫婦の会話も重要だけれど、空間との対話も必要。

帰宅後すぐにカバンを放り投げて、CDラジカセに 『CONSECRATION -THE LAST』 の1枚目
をセットし、再生ボタンを押して椅子に腰かけてみたが、汗がひどくて落ち着かない。
CDを止めて、まず風呂に入ろうと思ったが、沸いていないことに気がついて、まず湯を
沸かすことにする。かつ、その間に明日のYシャツにアイロンをかけることを思い立ち、
我ながら時間の節約のプロフェッショナル級であることに得意気になっていたが、
アイロンをかけ終わったところで、こうしていた間にもCDを聴けば良かったのだと
気がついてやや落ち込む。

やがて風呂が沸けたので、さっそく汗を流して湯に浸かり、また風呂を出ていよいよビール、
ではなくてビル・エヴァンスの演奏を聴くのだと、緊張してきた事大主義的形式主義者の
オレさまは、どうせならコーヒーなど飲みながら聴きたいものだと欲が出て、ここまできたら、
すべての準備を整えなければ気がすまぬ。水を張った薬缶をコンロに乗せて再び湯を沸かし始める。
まだCDは再生しない。

やがて薬缶が猛々しく蒸気を吐き始めたので、
カップ麺の封を開け、かやくを投じて熱湯を注ぎ、壁にへばりついた時計を見上げる。

なにをしておるのだ。

空腹の状態でジャズを聴くのではなかったか!
背中をザーっと水が流れたような気がする。どうにもならぬゆえ、そのまま5分間待って、
液体スープを混ぜてノンフライをすする。気がつくと 『開運!お宝鑑定団』 なんか観てるし。

食事を終えて、消沈しつつテレビを消し、気休めに歯を磨いて、水の入ったコップを片手に、
いよいよCDのスイッチを入れる。

ビル・エヴァンスのピアノは気持ちがいい。律儀というか、歯切れが良くて、
もしも空腹だったなら、覚醒しきった神経をどんなにか刺激してくれただろう。

『CONSECRATION -THE LAST』 を聴きながら、正岡子規の 『仰臥漫録』 を少し読む。
ビル・エヴァンスが肺炎だの肝硬変だのでこの世を去ったのは1980年9月15日で、
このライヴの1週間後のことだった。正岡子規脊椎カリエスでこのこの世を去ったのは
明治35年9月19日で、この 『仰臥漫録』 を著し始めた1年後のことである。